色々とツッコミどころの多かった『少年少女世界文学全集』の中の『聖杯王パルチファル』、他ではどう描かれてるんだろうと気になり、図書館にあった斉藤洋さんのこの本を手に取ってみました。

うーん、全然違う(´・ω・`)

いや、まぁ、おんなじところもあるけど、内容がかなり違って、何より読んでいる間の「印象」がまったく違い、『聖杯王パルチファル』の方が読んでて楽しかったです。

この本、表紙にデカデカと「アーサー王の世界」とあるように、全6冊のシリーズものの最終巻。
残り5冊のタイトルは

1.大魔法師マーリンと王の誕生
2.二本の剣とアーサーの即位
3.ガリアの巨人とエクスカリバー
4.湖の城と若きランスロット
5.荷車の騎士ランスロット


となっていて、6冊目のこの本にも、アーサー王やマーリン、ケイ卿やランスロット卿が姿を見せています。

文学全集版『パルチファル』では、まず「聖杯とはなんぞや」が語られてから、パーシヴァルの話になりましたが、こちらはパーシヴァルがすでにアーサー王の城(キャメロット)にいるところから始まります。

騎士になりたくてキャメロットに来て、アーサー王に馬術と槍術を習っているパーシヴァル。年齢は16歳
アーサー王からは「さすがガハムレト卿の子だけあって、上達が早い」とお褒めの言葉を賜っていますが、まだ騎士には叙せられていません。

全集版では「アンジュー国の王子ガームレットの子」となっていました。で、全集版では「騎士にさせたくない」という母親の意向で百姓として育っていて、自分の出自をどれくらい知っているのか謎だったのですが。

こちらでは

パーシヴァルが生まれたばかりのころ、父も兄も戦で亡くなっているが、みな騎士だった。(中略)騎士の子が騎士になれないわけがない。 (P10)

と強く思っているので、父親が騎士だったことを重々承知しています。てか「戦死した兄」もいるんですねぇ。全集版では腹違いの兄がいて、無事再会したりしていましたが。

全集版では母親は「ウェールズの女王ヘルツェロイデ」となっていて、父だけでなく母方もやんごとない血筋。(今さらだけど、ウェールズの女王の息子――つまり王子って、すごいじゃん、パーシヴァル)
こちらでは母親の名前も出自も紹介されません。ただの農園主のような扱いです。
「アーサー王」の話として書くと、「ウェールズの女王」などは無視されるということでしょうか。昔読んだ大好きな作品『アヴァロンの霧』でのアーサー王が、古い地母神信仰を捨ててキリスト教的父権世界を築いていく象徴のように描かれていたことを思い出します。

名無しのお母さんではありますが、「息子パーシヴァルが騎士になるため家を出ていくことを悲しみ、見送ったその場で倒れて息を引き取ってしまう」というのは同じ。
そしてこちらのパーシヴァルは、母親が倒れるのを見ています。
ケイ卿に「母上はお元気なのか?」と訊かれ、

「さあ。わかりません。わたしが旅立ったとき、しばらくいってふりかえると、母が地面にたおれるのが見えました。でも、わたしは、どんなことがあっても、騎士になるまで、故郷にはもどらないときめていたので、そのままにしてきました。」 (P20)

ちょ、待てや、パーシヴァル。

ケイ卿も「えーっ!」と驚き、「私なら、目の前で母親がたおれたら出発を遅らせる」と言うのですが、

「目の前ではありません。しばらくいって、ふりむいたとき、たおれたのです。」 (P21)

屁 理 屈 を 言 う な (´・ω・`)

もうなんというか、「全母親が泣いた!」ですよね。それもこれもお母さんの育て方が悪かったのか? 自業自得なのか? お母さんは悲しいよ……。

お母さん、こちらでもやっぱり「女の人からはキスと指輪を」の謎の教えを授けてます。全集版に比べるとこちらの教えの方がかなり「ちゃんとしてる」けど。

「母はわたしにいくつかのことを言いました。そのひとつは、神様への信仰を忘れてはならないということです。それからもうひとつは、若い女性に、愛のあかしとしてキスを許してもらっても、かるはずみに、それ以上のことをしてはいけません。けれども、その女性が指輪をくださるとおっしゃったら、いただきなさい、と母はもうしました。」 (P17)

キスのくだりはおかしくない。うん、むしろ「かるはずみにそれ以上のことをするな」は正しい。しかし「指輪」のくだりは何なんだろう……その注意、いるかな???

この謎注意のおかげで、パーシヴァルは初対面の女性にいきなりキスを迫り、その指輪をもらってくるんですよ。

いえ、乱暴はしていませんし、キスをしていいかも、ちゃんとききました。指輪だって、無理に指から、はずしたわけではありません。」 (P19)

とパーシヴァルは言うんですが、実際は、突然現れた少年にいきなり「キスしていいか」と言われて、恐怖のあまり何も言えなくなった女性の小さなうなずきを「合意」と取っただけだし、指輪も、「これ以上何もしないと約束してくれるなら差し上げます」と言われただけ。

つまり徹頭徹尾女性は「怯えてる」わけです。
「相手が嫌だと言わなかった。合意の上だ」って、性犯罪者の常套句だよね。いくら世間知らずに育ったからって……パーシヴァル……。

その後、女性とその婚約者に再会して指輪を返すくだりも描かれていますが、女性の受けたとばっちりが気の毒すぎて。

本当に、「自分は悪いことをしていないつもりでも、気づかないうちに罪を犯していることがある」なんだけど、この斉藤さん版『パーシヴァル』ではそこに関する反省は何もありません。「神に見捨てられた」とパーシヴァルが嘆く場面もないし。

パーシヴァル、キャメロットの城にケイ卿、ライオネル卿しか残っていない時に出現した謎の「赤騎士」を見事返り討ちにしたことで、無事「騎士」の身分に取り上げられます。
しかしこの「赤騎士」、一体何者だったのか、顔を確かめようと数日後にアーサー王立ち合いのもと墓を暴いてみると、なんと死体が消えている。

確かに埋葬したはずなのに、柩の中は空っぽでした。

アーサー王は“何か”を感じとったのか、それ以上「消えた赤騎士の謎」を追及しようとはせず、ただ「パーシヴァルは確かに手柄を立てた」と言って彼を騎士に叙するのです。

あー、なるほど、と思いますね。
この不思議なエピソードはつまり、「パーシヴァルを聖杯の騎士にするための神の配剤」ってやつなんだなぁ、と。

そもそもパーシヴァルが騎士に憧れるきっかけになった「通りすがりの格好いい騎士」も赤い鎧兜だった、ということになってるし。

さっさとネタバレしてしまうと、ほんとに「赤騎士」というのは「次の聖杯王を探す役目を持った、人間ではない存在」なんですが、全集版では普通のホモサピエンスだった気がするなぁ。しかもパーシヴァルとは親戚だったような気が(細かくメモを取っていなかったのでうろ覚え)。

ともあれめでたく騎士になったものの、別にアーサー王に仕えたかったわけではなく、「騎士になって何をやりたい」という目標もなかったパーシヴァル、とりあえず騎士らしく「遍歴の旅」に出ます。

平民では、自由に旅ができない。騎士であればこそ、旅ができるのだ。 (P170)

なるほど当時は平民があちこち自由に旅行をする、なんてことはとても無理な話だったのでしょう。武者修行だったり「見聞を広めるため」だったり、なぜか騎士がやたらに「遍歴」してしまうのは、「旅行できる身分だったから」……。
しかもアーサー王の円卓の騎士ともなれば、各地のお城で手厚いもてなしが受けられ、宿探しに苦労することもないのです。

とはいえ時には森の中のみすぼらしい小屋に一夜の宿を借りることも。

そこの老人(章題で「森の賢者」と呼ばれている)に「むやみに質問するな」「沈黙は騎士の徳」と教えられ、後の禍根に。
全集版では同じ老人から騎士としての作法や武芸を学んだことになっていましたが、斉藤版ではなんせ「一夜の宿」なので、「沈黙の徳」以外の伝授はありません。

そして全集版と斉藤版では肝心の「聖杯の城」の設定が大きく違う

全集版では「モンザルヴァーチュの森」にあったのが、斉藤版では小舟でわたる島の上にあり、聖杯王はなぜか「漁師王」という呼び名に。
なんで漁師!?

ともあれパーシヴァルは漁師王に何も質問しない。ただそこで見た聖杯の美しさに魅了され、「もう一度あれを見たい」と思って2年も海岸沿いをさまよいます。
聖杯に呼ばれたものしか通り抜けることができなかったモンザルヴァーチュと同じく、漁師王の島も城も普段は人の目から隠されていて、パーシヴァルは一向にそれらしい場所を見つけることができません。

途中久しぶりに故郷の農園に戻り、母の死を知らされるものの、何の未練も覚えないパーシヴァル。

母の死を聞き、パーシヴァルはもちろん悲しくはあった。しかし、こんなことなら騎士になるために旅立たなければよかった、とは思わなかった。それよりも、これから農場をどうするかを考えなければならなかった。農園にとどまる気は、パーシヴァルにはなかった。それどころか、ふたたび旅立って、帰る気もなかった。 (P160)

マジで全母親が泣く(´;ω;`)
そんな子に育てた覚えは!

その後も「聖杯の城」を探し続けるパーシヴァルのもとに、ある晩唐突に大魔法師マーリンが現れ、「むやみに質問しないのが騎士の徳」ということについて、問答させられます。

「騎士の誓いも徳も大事なものだ。しかし、それと同じようにだいじなものもある。騎士である前に人として、だいじなことがあるのだ」 (P180)
「人の教えは、ときとして、まちがえていることがある。まちがいではないにしても、十分でないことがあるのだ。」 (P180)

マーリンに諭され、自分のまちがいを悟ったパーシヴァルの目には再び漁師王の城が見え、無事王と再会。聖杯と聖槍の由来を聞き、いきなり「今夜からはあなたが漁師王、聖杯の騎士だ」と言われます。先代漁師王は実はもう命が尽きていて、次の王が見つかるまでの間、亡霊として城を守っていたにすぎなかったのです。

全集版では「聖杯の近くにいると不死身」となっていたのにね。こちらでは普通に寿命を迎えてしまうよう。

「聖槍も聖杯も永遠だ。しかし、人の命には限りがある。(中略)聖槍と聖杯を守る者はいずれ世を去らねばならない」 (P190)

まぁ全集版の「不死」設定も色々と矛盾してる気がしなくもないのだけど、ともあれパーシヴァルはその日から「聖杯を守る騎士」となり、「パーシヴァルがいなくなってもう5年になるがどうしているのだろう」とアーサー王たちが想いを馳せるところでお話は終わります。

パーシヴァルが聖杯王というか漁師王になっちゃったことは伝わっていない感じ。全集版では神の意志により困っている人々をあちこち助けにいくという役目があったけど、このお話の漁師王はただあの「誰にも見えない城」で聖杯とともにあるだけのような。

そして全集版では結婚して子どももいて、そのうちの一人が「白鳥の騎士ローエングリン」とこれまた物語に書かれてしまう有名人になりますが、この斉藤版では妻も子どもも出てきません。それどころか聖杯王になる資格として「人を殺したことがない」「女性とまじわったことがない」という2条件が必要らしく。

いやー、ほんとに全然お話が違うな。
斉藤さんが下敷きにしたのは誰の書いた「パーシヴァル伝」なんだろ。