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5月に読んだ『冬の王1 熊と小夜鳴鳥』の続きです。4月末に刊行されていたものの、1巻目を読んだ時はまだ図書館に入っていなかったのですぐには読めず。
「続きが楽しみ」と言いながら、借りにいくのを忘れてました(^^;)

2巻目、面白かったです!
全542ページとけっこうなボリューム(1冊目より分厚い)でありながら、どんどん引き込まれてサクサク読み進みました。もう世界観がわかっているし、登場人物たちにも慣れ親しんでいるので1巻目よりも読みやすい。そして1巻目以上に面白い

1巻目の最後で父を亡くし、「魔女」としてレスナーヤ・ゼムリャを逐われたヒロイン・ワーシャ。
仕方なく愛馬ソロヴェイと「世界を見る」旅に出て、盗賊にさらわれた少女たちを救い出し、「英雄」としてモスクワに凱旋することになります。ワシリーサ・ペトロヴナではなく、ワシーリー・ペトロヴィチとして。

そう、ワーシャは男の子として旅をするのです。14世紀のルーシ、女の子が一人で旅をするなんて危険きわまりない。心配した霜の魔物マロースカが「少年」としての旅支度をすっかり調えてくれたのです。旅に必要な金貨はもちろん、短剣まで与え、剣の稽古までつけてくれたマロースカ、愛が深い

ワーシャも故郷を逐われてすぐに、まずマロースカのもとを訪ねるのがあざとい!(笑) 着の身着のまま、ソロヴェイ以外には何も持たない彼女が頼れるのはマロースカしかいなかったとはいえ、このあともワーシャ、マロースカを翻弄しまくり。ワーシャから見れば「自分がマロースカに運命をもてあそばれている」なんだけど、二人の様子をはたから見ていると、どう考えてもマロースカの方がワーシャに振り回されてる(^^;)

「わたしはイヌじゃない。持参金をたっぷり持って嫁ぎ、男に何度もはらませられる――そんなことを、わたしが人生に望んでいると思う?」というワーシャに、

「子どものようなことをいうんじゃない。おまえの生きるこの世界で、おまえの『望むもの』に関心のあるやつなどいると思うか?(中略)遅かれ早かれ死ぬに決まっている」 (P85)

と言うマロースカ。ワーシャが一人で旅に出て、野垂れ死ぬことを心から心配しているのです。
女は結婚するもの、女は家の中に閉じこもっているもの、馬を自由に乗りこなすだけで奇異に見られる「この世界」。

「わたしは自由がほしい、でも自分の居場所や生きる意味もほしい」と訴えるワーシャに、改めてマロースカが

「おとぎ話を信じてはいけない。いいか、一度しか言わないぞ。この世界では、おまえの望みなど、みんなどうだっていいのだ」 (P367)

と諭す場面もあります。自由、居場所、そして生きる意味。現代でも――そして男か女かに関わらず、3つすべてを手に入れることは難しいし、「そんな望みはみんなどうだっていい」というのも、「だよなぁ」という気がします。

ともあれ必要な支度をすべて調えてワーシャを送りだしてくれるマロースカ。「どうしてそこまでしてくれるの? 見返りに何を望むの?」とワーシャが尋ねると、

「ときどき、わたしのことを思い出してくれ。パダスニェーズニクが咲き、雪が解けるころに」 (P97)

と、とても控えめな願いを口にする。ああああああ、マロースカぁぁぁ、「死神」とは思えない、いい人ぉぉぉ
マロースカ、すっかりワーシャに心奪われちゃってるんですよね。愛馬に「正直におなりなさい」とたしなめられるぐらいに。

「(ワーシャを死なせることは)できないのだ。そのうえ、あの娘に近づくたび、絆が強くなる。不死の存在に、命に限りのある人間の気持ちなどわかるはずもない。それでもあの娘のそばにいると、時がたつのを感じることができる」 (P141 マロースカの台詞)
人を愛せば、あなたは不死ではいられなくなります。そんなことになってはいけません。あなたは人間ではないのですから。 (P141 マロースカの愛馬の台詞)

一方、ワーシャの姉オリガは14歳でセルプホフ公に嫁ぎ、3人目の子を身ごもっています。オリガはまだ、レスナーヤ・ゼムリャで何が起きたのか、父や妹の身にどんな悲劇が降りかかったのか、まったく知りません。テレムと呼ばれる「塔」で公妃としての務めを果たしながら、兄のアレクサンドル修道士(サーシャ)がキプチャク=ハン国から戻ってくるのを待っています。

冒頭、オリガが子どもたちに「雪娘の死」というおとぎ話を語って聞かせるのですが、これがなんとも示唆的なんですよね。
子どものいない夫婦が雪で女の子を作った。するとその雪娘に命が芽生え、本物の娘として、夫婦と生活を共にするようになる。夫婦はもちろん大喜びで彼女を可愛がり、しばらくは平穏な日々を送るのだけど、美しい彼女を見初めた少年がいて、娘もまた、彼に心惹かれてしまう。

霜の魔物、マロースカは森の中で雪娘に言い聞かせた。『おまえは雪から生まれた。だれかを愛したなら、永遠の命を失ってしまうぞ』(中略)『冬から生まれたおまえは、永遠に生きる。だが、火に触れれば命を落とす』 (P26)

そして実際、少年と抱き合ったとたん、「愛」という名の「熱」により、娘の体は溶けて消えてしまうのです。
この逸話、マロースカ自身の行く末を暗示するために語られている気がしてなりません。ワーシャを愛したがために、彼もまた「永遠の命」を失ってしまうのでは。

ワーシャとオリガの兄であるサーシャは1巻目で修道士となっていましたが、彼は戦士でもあり、モスクワ大公の命を受けてサライ(キプチャク=ハン国の首都)に偵察に行っていました。

モスクワ公は、征服者のキプチャク・ハン国に忠誠を示すことで、自分たちの野望に近づいていったのだ。ハンに納税を要求されると、代々のモスクワ公はハンのもとに出向き、貴族から搾り取った金を納めた。 (P42)

モンゴルとロシアの関係史が少し解説されていて、興味深いです。ワーシャの時代にはハン国は衰退しつつあり、モスクワ大公はこっそりハン国への納税をやめてしまっています。

で、サライから無事帰ってきたサーシャ。なんとコンスタンチン神父を一緒に連れて帰ってきます。そう、あの、1巻目でワーシャと家族をひどい目に遭わせた最低最悪な男! ワーシャに「消えろ!モスクワへ帰れ!」と言われて、野垂れ死に寸前でモスクワへ向かっていたところを、サーシャに助けられてしまったらしい。

なぜ、なぜ助けるのだ、サーシャ!よりによってあんたが!!!

サーシャもオリガもコンスタンチン神父のことなんか知りませんが、神父の方は彼らがワーシャの兄弟ということを知っています。なので二人に、「君たちの父親と継母は死んだ。全部君たちの妹ワーシャのせいだ、彼女は魔女だ!」と言い放ちます。

全部おまえのせいだろうがよぉ、どの口がっ!

ほどなく、ワーシャもサーシャと再会し、オリガとも会って、「レスナーヤ・ゼムリャで何があったのか」「なぜ一人でこんな所までやってきたのか」を説明するのですが、マロースカや「熊」のことはごまかさざるを得ない。ワーシャと違ってサーシャたちにはチョルト(精霊)が見えなかったし、言っても信じてもらえるとは思えない。
コンスタンチン神父は腐っても「神父」なので、ワーシャと神父の話が食い違っていたら、「神父の方が正しい」となってしまう。
しかもワーシャは「男の子のなり」をしているのです。そこでもう「嘘」をついている。あまつさえ、一人で盗賊から少女たちを助け出してきたと言う。女の子が馬に乗るだけで奇異に見られる世界で、そんな冒険をしでかすワーシャは、兄姉の目から見ても「頭がおかしい」のです。

とはいえ、ワーシャ――というか、勇者ワシーリー・ペトロヴィチはモスクワ大公ドミトリーにすっかり気に入られてしまいます。ワーシャたち兄弟はドミトリーとはいとこ同士の関係。身内でもあり、信頼する右腕でもあるサーシャにこんな勇敢で痛快な弟がいたとは!(いとこ同士だけど、レスナーヤ・ゼムリャは遠いので、兄弟の人数と男女の別を把握してなかったんですね。サーシャに「弟がいる」のは事実でもあるし)

ドミトリー自ら、改めて盗賊たちの退治に向かい、そこでカシヤンという謎めいた領主が合流します。
読者的には「こいつ絶対怪しい!」なのですが、ワーシャはけっこう親切にされて、何度かピンチを助けてもらったりして、すっかり油断してしまう。そして訪れる破局――!

いやぁ、もう、ほんと、続きが気になってどんどんページをめくってしまいます。

最後、ワーシャにとっては祖母にあたるタマーラの亡霊が出てくるのですが、大変思わせぶりな記述があるんですよねぇ。それも二度も。

「タマーラの母親が喜ぶわ」 ずっとあとになって、ワーシャはこの言葉の意味がわかっていればと後悔することになる。 (P514)

一人でモスクワに現れ、時の大公の妻となってワーシャたちの母マリーナを産んだタマーラ。「魔女」と呼ばれた彼女は一体どこからやってきたのか。何者だったのか。それが3冊目の――ワーシャの行く末への大きな鍵となるようです。

終盤、ワーシャの拒絶により、ワーシャとマロースカの「絆」であったサファイアのペンダントはただの水になってしまいます。
それでもワーシャが命がけで懇願すれば姿を現し、彼女の願いを聞き届けてくれるマロースカ、本当に優しい……てか、ワーシャ、「魔女」かどうかはともかく、「魔性の女」だよね。コンスタンチン神父といいマロースカといい、彼女の生命力と強い意志に魂を奪われ、振り回されてしまう。

サーシャが「こうした女は“魔女”と呼ばれる。他に言い表す名がないから」と思う場面があるのですが、世間一般の常識からはずれた存在はなんであれ、「魔物」だとして怖れられるということなのでしょう。

キリスト教の普及で古来の精霊たちは力を失い、霜の魔物マロースカもまた例外ではない。なので彼は、ワーシャという「見える娘」と結びつくことで存在を強固にしていた。けれどサファイアは失われ、「わたしは生きられない」と語るマロースカ。

「生きることと、不死であることは両立できないのだ。しかし、風が吹き、激しい嵐が世界を重くおおうとき、人が死ぬときには、そこにいる。それで十分だ」 (P526)

11月13日に発売になる3巻目は『魔女の冬』というタイトルなのですが、さて、ワーシャとマロースカはこの先どうなるのか。人と死神が結ばれるなんてことはありえないけど、でも、ハッピーエンドになってほしいなぁ。

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