(※以下ネタバレあります。これからご覧になる方はご注意ください)


10月11日に観劇するはずだった宙組公演『PAGAD』、そして11月29日に観劇するはずだった雪組公演『ボイルド・ドイル・オンザ・トイル・トレイル』がことごとく公演中止になりまして。

うぉぉぉぉぉぉぉぉ!となりながら、急遽月組東京公演千秋楽をライブ配信で楽しみました。久しぶりの宝塚充、配信でも楽しかったです! この騒動の中、千秋楽まで素敵な舞台を届けてくれた月組生の皆さんには感謝しかない。ありがとうございます。

ミュージカル『フリューゲル―君がくれた翼―』は齋藤吉正先生の作・演出。舞台は1988年の東ベルリン。まだドイツが東西二つに分かれていて、ベルリンも壁によって分断されていた時代。
月城かなとさん扮するヨナスは東ドイツ国家人民軍の軍人。もともとは西ベルリンの出身だったのだけど、母親が「かつてナチスのホロコーストに加担した」罪で当局に拘束され、東側にいた叔父のもとに引き取られた。
父を早くに亡くし、可愛がってくれた大好きな母親がナチスの手先だったことに激しく傷ついた少年時代。今は「東側」の軍人として国家に尽くすことに誇りを持っている。

そんなヨナスに新しく与えられた任務は、西側の歌姫ナディアの警護。東ベルリンで行われる彼女のコンサートを無事成功させること。東西ドイツの融合を望まない勢力によるテロが予告される中、ヨナスはナディアを守りきることができるのか――。

歌姫ナディアはもちろん海乃美月さん。セクシーなロックスターという感じで、ヨナスに「トンチキ」と言われてしまう派手で奇抜な衣装がよく似合って格好良い。もう少し歌にパンチがあれば最高だったな。
お酒も煙草も大好き、歌と自由を愛する奔放な大人の女性、というのが海乃さんの雰囲気にぴったりハマってた。

真面目なヨナスには――というか、「破廉恥な表現は駄目!」「この歌詞は差し替えて!」と色々厳格な社会主義国東ドイツ民には、ナディアが我がままなだけの困った女性に見え、最初は反発するのだけど、「フリューゲル」という歌を通して、しだいに二人の距離が縮まっていく。

ヨナスにとっては母親との思い出の歌「フリューゲル」。30年ほど前の流行歌だったらしいこの歌を、コンサートの最後で歌おう、「壁を越えて、人々が自由に翼を拡げられるよう願いを込めて歌いたい」と言うナディア。

ナチスに加担した母親のことを憎んでいるというヨナスに、「あなたこそお母様の何がわかるの?」と優しくたしなめたり、とっさの機転でヨナスをうまく助けたり、ナディア、すごくいい女だよなぁ。

ヨナスはアフガニスタンの革命戦士サーシャを匿っていて、彼女を西側に亡命させようとしている。ガチガチの堅物かと思うとそういうところがあるヨナス。サーシャの恋人だったアランに「命を救われた」恩義があるからなんだけど、冒頭にあるこのアランとサーシャのエピソードの場面、ちょっとわかりにくかったな。お話が進むにつれ、「そういうことか」とわかってはくるけど。

サーシャを逃がそうとするヨナスの前に立ちはだかるのはシュタージ(秘密警察)のヘルムート。鳳月杏さんのヘルムートがまたなんともいえない怖さ&渋さで格好良かった。鳳月さんの声、目線とか表情が実に不穏で、暗い狂気を秘めた感じがすごく良い。意外に出番が少ない(ヨナスとがっぷり芝居をするところがあんまりなかった気がする)のが残念だった。

シュタージの手をかいくぐり、サーシャは無事西側に到着するのだけど、そこに一役買うのがナディアのマネージャー・ルイス。
マネージャーといってももとからナディアに付いていたわけではなく、今回の東ベルリンコンサートのために、よそから派遣されてきた男で。
冷戦期の東西ドイツ、万一西側の歌姫が東側でテロに巻きこまれたりしたらそりゃ大変、「上」も丸腰では行かせませんよね。というわけでルイスの正体はNATOのエージェント「ゼロゼロワンダフル」。なんだよ、ゼロゼロワンダフルって!(笑)

ルイスを演じるのは風間柚乃さんなんですが、「NATO~NATO~♪」と歌い踊りながら正体を明かす場面、あまりに楽しそうで、派手にミュージカルしてて、「NATOというよりSISのロレンスじゃん!」と思ってしまいました(※わかる人にはわかる『エロイカより愛をこめて』ネタ)。
風間さん、歌もお芝居もしっかりしてて、ちょっとコミカルな部分も巧くて、良かったです。

最後「マイク爆弾」をうまいこと処理してくれたのもルイスだったし。

コンサートの最後の歌が終わると自動的にマイクが爆発する、っていうテロリストの企み、「歌が終わると」ってどういう仕組みだったのか、すごく気になる。「声を感知しなくなったら」だといつ爆発してもおかしくないし、「最後の歌」と言ってもアンコールあるかもしれないし、どういうふうに「自動」にするのか難しくない???

ともあれ「マイク爆弾」を安全なマイクと取り替えるために、ヨナスも舞台に上がって一緒に「フリューゲル」を歌うことになる演出は良かった。
割とあっさり爆発回避できて、テロ首謀者だったヘルムート達も「作戦は失敗だ、我々は手を引くぞ」ってあっさり撤退して、「クライマックスにしては少し淡泊かな」と思ったけど、本当のクライマックスは1年後。

そう、1989年、ベルリンの壁崩壊
ベートーベンの「第九」とともに、つながる壁の向こうとこちら。「またこの場所で会いましょう、この壁がなくなる時に」という約束どおり、再会を果たすヨナスとナディア。民衆の歓喜の声。

ヨナスは「もういいや!」と胸の徽章をはぎとり、ナディアに「これからどうするの?また私のバックダンサーでもやる?」と聞かれて、「今度は僕がボーカルで君がバックダンサーだよ」などと。
お芝居の途中でナディアが「ベルリンの次は日本、東京に行くの。日本は初めてじゃないわ、私宝塚が好きで」と公演のチラシを出す場面があるんだよね。で、ヨナスが「僕は日本語が少し読める」と「まんげきょう」と読んで、「まんがきょう!」と訂正される。
ふふふ。
今回のショー『万華鏡百景色』、「まんげきょう」じゃなくて「まんがきょう」って読むのをネタにしてある。
ふふふ。

幕が下りたあとに「ベルリンから東京へ」って主役の二人がその後本当に東京へ――宝塚へ向かって、そして次のショーの主演をする!みたいな映像が流れて、心憎い演出だった。

ヨナスとナディアが「がっつり恋愛関係」というのじゃない雰囲気がまた良かったです。ベタベタしない、大人な感じ。月城さんは軍服姿が凛々しく、お堅い部分と、それだけじゃない好青年な部分とがとても自然で素敵。
東西の分断、民主化運動に対する弾圧、ナチスの記憶……重くなりそうなテーマをうまくハートフルにまとめてあって面白かった。なんか、「もうこういうふうに描けるくらい“歴史”になったんだなぁ」みたいにも思いました。ベルリンの壁が崩壊してからもう34年、若い人にとっては(演じるタカラジェンヌのほとんどにとっても)「生まれる前」のできごとなんだもんなぁ。

ヨナスの母親は実はまだ生きていて、かつて自分が助けたユダヤ人の少年に引き取られて、介護施設で余生を送っている。記憶は混乱し、まともに会話ができる状態ではないのだけど、時に「フリューゲル」の歌を歌ったり、訪れたヨナスに「また会いたいわ」と言ったり。
安易に記憶が戻ったりしないのが良かったです。たとえ記憶が戻っても、6歳ぐらいの時に別れたきりの「坊や」があんなに大きくなってるの、「ほんとに私の坊やなの?」ってなるよね。いくら自分の子だからってわかんないよね??? 私はわかる自信ない。

「愛する母さんがナチスの手先だったなんて」と、母への愛が憎しみに変わっていたヨナス、でも「君の母さんは私たち家族の命の恩人だ」「他にもユダヤ人を救っていた」と教えられ、「母さんはやっぱりいい人だった」と改心するのはちょっとモヤっとしました。
どんな状況下でも必ず「正しい」ことをしなければ実の息子にも愛されないって、厳しくない…? 心の中でどんなに苦しんで葛藤していたとしても、実際に「ユダヤ人を救った」という「行動」がなければ認められない、赦されないってことでしょ。
ドラマだからわかりやすくする必要あるし、「憎んでいる」という心の底には母親を信じたい思いがあったろうし、「お話」としてはよくできてるんだろうけど……。

母親役は白雪さち花さん。6歳の息子と引き離されるシーン、ナチス時代の回想シーン、そして最後、認知症(?)のシーンと、それぞれとても良いお芝居で巧いな~、と思ったら、副組長さんなんですね。月組さんの舞台あまり拝見してないので、「すごいな~巧いなぁ~どなただろ」と思って観てました。

で。
ベルリンから東京へ。
「東京詞華集(トウキョウアンソロジー)」と銘打たれたショー『万華鏡百景色』作・演出の栗田優香先生の大劇場デビュー作。
「江戸・明治・大正・昭和・平成・令和と、刻一刻と景色を変えてきた万華鏡(ばんかきょう)の如き街“東京”を舞台に、そこで生きた人々の様々なドラマを映し出す現代的かつレトロなレヴュー作品」ということで、いつものショーとは少しテイストが違ってなかなか良かったです。

ネオ・ジャポニズムといった感じの衣装(着物をアレンジした和洋折衷な感じ)が素敵で、花火や万華鏡の模様をイメージしたセットも合わせ、全体的にビジュアルが良かったし、ところどころ邦楽の音色が響く音楽も好み。
前半、花火師と花魁の叶わぬ恋が、時を超え、鹿鳴館で一夜の出逢いに…?と、転生を思わせるストーリー。目もあやな花魁姿から一転ドレスの海乃さん、着流しから凛々しい洋装にチェンジして麗しい月城さん。「万華鏡」のようにどんどんと変化していくのが楽しい。

ドレスの女性が時を経て妙齢になり、汽車に乗ってあの鹿鳴館の夜を思い出す…という短いシーン、また白雪さんが良い味だった。

カフェで小説を書いている芥川龍之介、そこから「地獄変」の世界に入っていくシーン、着流し素足の鳳月さんが素敵。ほのぐらい狂気と色気、ほんとこういうキャラクターが合うわぁ。
鳳月さんはショー全体を貫く語り部的キャラクター「付喪神」としても登場。「知らざぁ歌って聞かせやしょう」という歌詞が面白かった。

中詰めは一転ショッキングピンクの衣装で派手に元気に。客席降りもあって楽しい。コロナの時はずっと客席降りできなかったものねぇ。私自身はずっとB席観劇で客席降りとは長いこと無縁だけど、客席でカメラ目線で抱き合うスターさん達、観ていてほんとに楽しかった。

なんか色々知ってる曲が流れた気がしたけど、大橋純子さんの「サファリ・ナイト」しかわからなかった(^^;)
あ、別場面でepoさんの「DOWN TOWN」も使われてましたね。懐かしい。

後半、ラッシュアワーを表現したダンスが面白く。
いつもなら男役燕尾の大階段!みたいになるところで黒い悪魔っぽい衣装とメイク、黒い番傘(?)みたいなのも使ってて面白かった。何よりあの“黒い”月城さんが美しくて美しくて!
素晴らしかった。

組長梨花さんの何語かわからないお歌のあと、大階段での鳳月さんのジャズショー。あそこのひらひらスカートも良かったなぁ。
フィナーレ、海乃さんの衣装もすごかった。髪飾りも見事で、今回のショー、ほんとにビジュアルが良かったです。
四番手のスターさん…ええっと、礼華はるさんかな? フィナーレで一人降り、なかなか歌うまいなと思いました。

一旦幕が下り、まず組長梨花さんのご挨拶。今回の東京公演はインフルエンザによる公演中止があり、そのことへの言及と、退団者3名からのメッセージ代読。
幕が開いて、退団者の方のご挨拶。
蓮つかささんの「私にとって宝塚は愛ある場所でした」「我が宝塚人生に悔いなし!」という言葉が印象的でした。この騒動の中、生徒さんそれぞれ想いがあるだろうなと……この時期に辞める者として、宝塚への愛を――月組への愛を、きちんと言葉にしておきたかったんだろうな……。

月城さんのご挨拶も、インフルによる公演中止で「幕が開くのは当たり前じゃない」「今日という日を無事迎えられて本当に良かった」……というようなことをおっしゃっていた(すでに記憶が曖昧なので間違っていたらすいません)。
「劇場に来ていただいたお客様」だけじゃなく「劇場に来られなかったお客様」のことにも言及してくださって嬉しかったし、何より月城さんの笑顔が尊かった

本当に本当に、無事千秋楽を迎えられて良かったよね。東京だけでも上演できて本当に…(滂沱)。
月組の皆さん、素敵な舞台をありがとうございました!


しかしマジで私が生で宝塚の舞台を観られるのはいつ……。来年は話題の公演が目白押し、柚香さんと月城さんは退団公演、チケットが手に入る気がしないし、取れても中止になったりするし……。うあぁぁぁ。
配信でも楽しいとはいえ、やっぱり生の舞台を観たい。一徳先生のショー、生で観たかったよぉ、うぇぇぇん。