(※以下ネタバレあります。これからご覧になる方はご注意ください。記憶違い等はご容赦を)


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宝塚友の会の特典に、タカスクで対象作品1本を無料視聴できる、というのがあり、その期限が4月14日までということで、慌てて視聴しました。そんな特典あるって全然知らなかったし、クーポンの期限を知らせるメールがギリギリするよ、友の会……。

対象作品は49本。1998年宙組の『エクスカリバー』から2023年花組『二人だけの戦場』まで、観たことのない作品がかなりあって迷ったのですが、“ギリシャ悲劇「オレステイア」を下敷きにしている”&永久輝さん主演ということで、2022年の花組ドラマシティ公演『冬霞の巴里』を選択。

これが大正解!!!

衣装も舞台演出も、ストーリーも良く、愁いを帯びた葛藤する美青年永久輝さんも最高! 最初は1幕と2幕分けて観ようかと思っていたのに、とても途中でやめられず、引き込まれて一気に最後まで観てしまいました。

ちょっと長いけど、配信ページに記載されているあらすじを引用しておくと。
古代ギリシアの作家アイスキュロスの悲劇作品三部作「オレステイア」をモチーフに、亡霊たち、忘れ去られた記憶、過去と現在、姉と弟の想いが交錯する復讐劇。時は19世紀末パリ、ベル・エポックと呼ばれる都市文化の華やかさとは裏腹に、汚職と貧困が蔓延り、一部の民衆の間には無政府主義の思想が浸透していた。そんなパリの街へ、青年オクターヴ(永久輝せあ)が姉のアンブル(星空美咲)と共に帰って来る。二人の目的は、幼い頃、資産家の父オーギュスト(和海しょう)を殺害した母クロエ(紫門ゆりや)と叔父ギョーム(飛龍つかさ)達への復讐であった。父の死後、母は叔父と再婚。姉弟は田舎の寄宿学校を卒業した後、オクターヴは新聞記者に、アンブルは歌手となって暮らしていたが、祖父の葬儀を機にパリへ戻った。怪しげな下宿に移り住む二人に、素性の分からない男ヴァランタン(聖乃あすか)が近づいて来る。やがて姉弟の企みは、異父弟ミッシェル(希波らいと)、その許嫁をも巻き込んでゆく…。

蜷川幸雄演出によるギリシア悲劇『グリークス』を観たのは2000年秋。素晴らしい舞台に衝撃を受け、ちくま文庫のギリシア悲劇シリーズを読みあさり、アイスキュロスの三部作「オレステイア」ももちろん読みました。



とはいえ20年以上も前のこと、『オレステイア』のくだりは白石加代子さんのクリュタイムネストラがめっちゃ怖かったことしか覚えてなかったりしますが(^^;)

ミュケナイの王アガメムノンの妃クリュタイムネストラは、夫が娘イフィゲネイアを生け贄に捧げたことを恨み、愛人アイギストスと組んでアガメムノンを殺害する。そしてイフィゲネイアの妹であるエレクトラと弟オレステスは、「父の仇」として母クリュタイムネストラを殺す――。

「エレクトラ・コンプレックス」という用語の元となったお話で、アイスキュロスの悲劇『オレステイア』三部作では、「夫殺し」と「母殺し」、どちらの罪がより重いのか、女神と市民による裁判が開かれたりします。

で、この『冬霞の巴里』ではオレステス=オクターヴ(永久輝さん)、エレクトラ=アンブル(星空さん)、アガメムノン=オーギュスト(和海さん)、クリュタイムネストラ=クロエ(紫門さん)、アイギストス=ギョーム(飛龍さん)という配置。ギリシャ悲劇ではアイギストスはアガメムノンの「従兄弟」なのですが、ギョームはオーギュストの弟になっています。

「父を殺し、母と再婚した叔父に復讐する」というのは『ハムレット』とも共通点がありますね。ハムレットは叔父だけを「仇」とするけど、オクターヴとアンブルは叔父以上に「母」を恨んでいるように見える。

19世紀ベル・エポックの巴里に舞台が移されているので、主役2人の衣装がとにかく素敵なんですよねぇぇぇ。オクターヴのロングジャケットも、アンブルのドレスも、生地のデザインが本当に秀逸。それでなくても美しい永久輝さんがさらに美しく。

謎の男ことアナーキストのヴァランタンはメイクがすごい。またその悪魔的なメイクがめちゃめちゃ似合う聖乃さん。お芝居もとても良かった。

舞台上にはほぼ常にエリーニュス(復讐の女神)たちが存在していて、この女神のメイクも強烈。たびたび登場するオーギュストの亡霊ともども、真っ白な衣装に血を模した赤い飛沫が鮮烈で、セットの雰囲気ともどもすごくデカダン。

父の死後、しばらく巴里を離れていた姉弟。父が亡くなった時に叔父たちが「うまく行った」と言っているのを聞いてしまい、「父さんは自殺なんかじゃない!叔父さんと母さんたちに殺されたんだ!」と思って生きてきました。

確固たる証拠を掴み、復讐を果たす。そのために、アンブルは叔父の仲間であるブノワに色目を使い、その様子に気が気でないオクターヴ。

トップ娘役が男役の「姉」設定なの、実に危ういですよねぇ。オクターヴがアンブルに「姉」以上の感情を持っていそうなのがひしひしと伝わってきて、たまらなく危うい。アンブルに求婚者が現れた時には二人して「もしも兄弟じゃなかったら、ずっと一緒にいられたのだろうか」と歌っているし。

ギョームとクロエ、オクターブとアンブル、ギョームの息子でありオクターヴ達には義理の弟にあたるミッシェルと、その婚約者エルミーヌが一堂に会して食卓を囲む場面が何度かあり、そこの緊張感がまた!

オクターヴはあからさまにギスギスしているし、ギョームとクロエは取りつくろおうとし、何も知らないミッシェルとエルミーヌは屈託がない。エルミーヌ、すっかりオクターヴに夢中になって、オクターヴが怪我をした時には一人で見舞いに行っちゃう。ミッシェルが嫉妬しないのが不思議なくらい。

ミッシェル、本当にいい子なんだよねぇ。クロエとギョームの間に生まれた彼、オーギュストを心底「兄さん」として慕っている。オーギュストが死んだ時オクターヴがいくつだったのか、オーギュストの死から何年経っているのか、劇中で具体的な数字は出ていなかったと思うんだけど、現在法学生ですでに婚約者もいるミッシェル、最低でも18歳ぐらいだと思うので……オクターヴは今25歳ぐらいなのかしら。

エルミーヌ役は愛蘭みこさん。すでに退団されてしまっていますが、とても愛らしいエルミーヌでした。「ミッシェルが嫉妬しないのが不思議」とは書いたけど、なんというかこちらも純粋に、「人としてあの方を放っておけないわ」みたいな感じなんですよね。無垢な優しさと愛情。

なのでオクターヴも、「最初から君のような人がいる世界に生きていたら……」とこぼす。「殺人」だの「復讐」だの、そんな血腥いこととは無縁に、ミッシェルやエルミーヌのようにほがらかに笑っていられたら。

父に可愛がられて育ったオクターヴ、復讐を誓ってはいても、「実の母や叔父を殺す」ことにはやっぱり葛藤があって、ずっと苦悩しているし、「一線を越える」ことにはためらいがある。永久輝さんのお芝居、表情が本当に良くて、エルミーヌじゃなくても「ほっとけない!」ってなっちゃう。

少年オクターヴには「優しい父」だったオーギュスト、でもギョームにとっては「悪事を揉み消せ」と迫ってくる「悪い兄」だったし、クロエにとっても「横暴な夫」だった。原作のイフィゲネイアに当たる娘(オクターヴの長姉)イネスは、オーギュストに無理に結婚させられそうになって自殺してしまった。

幼いオクターヴはイネスが死んだことを知らされず、アンブルの他にもう一人姉がいたことすらほとんど忘れてしまっていた(もともとイネスは寄宿舎に入っていて、年の離れたオクターヴとは長期休暇の時しか顔を合わせていなかった)。

オクターヴは下宿の住人ジャコブ爺からイネスの話を聞き、さらに衝撃の事実を耳にします。

イネスとアンブルはクロエの連れ子、そしてオクターヴはクロエの子ではなく、オーギュストが使用人か誰かに生ませた子ども――つまり、アンブルとオクターヴは血が繋がっていない、そしてアンブルはそれを知っているはずだと。

えええええええ。

宝塚だからまぁ近親相姦はあかんやろと思うけど(思うけど『哀しみのコルドバ』みたいな話もある)、アンブルは、自分がオーギュストともオクターヴとも血が繋がってないことを知っていて、それでも「オーギュストの仇」として実の母クロエを殺そうとしていたの???

ギリシア悲劇ではエレクトラもオレステスも普通にアガメムノンとクリュタイムネストラの実子だったはずなのですが……。

まぁ、アンブルにとっても「優しい父」だったらしく、オーギュストがどうこう以前に、「私の母は人殺しだ」ということがアンブルにとっては許しがたい裏切りだったのかもしれません。オクターヴ一人に復讐を背負わせるわけにはいかない、ということもあったのでしょうね。

それは姉と弟、二人だけの密約であり、血の繋がらない二人を繋ぐ強固な糸。

2022年なので星空さん、当時まだ研4――ドラマシティ千秋楽が4月2日なので本当にやっと入団丸3年終わったばかりなのに、堂々たる「大人の女」「トップ男役の姉」ですごい。オクターヴと同じくずっと哀しくてつらそうな、裡に秘めたものを抱えた難役なのに、とても魅力的で、痛ましい

研2でバウヒロインを経験して、新公初ヒロインはこの公演の後、という大抜擢に見事に応える名演。トップ娘役就任以降、3つの公演を拝見していますが、正直そこまですごい娘役さんとは思っていなくて(個人的には『蒼月抄』が一番良かった)、「見る目がなくてすいませんでした!」って感じ。

えーっとそれで、どこまで話しましたっけ?

オクターヴは仇の一人、ブノワを半ば出会い頭的に殺して、いよいよギョームとクロエに対峙することになる。いつもの食卓、最後の晩餐。ところがそこにアナーキスト・ヴァランタンが使用人として潜入、ギョームに銃を向ける。

ギョームは警視総監で、無政府主義者の弾圧&取り締まりの責任者。アナーキスト達にとっては格好のテロの標的なんですが、ヴァランタンにとっては「親の仇」でもあったのです。彼の父親は、かつてギョームが誤って逮捕し、処刑してしまった無実の人間の一人でした。

前半で、「僕は誰彼構わず殺すテロリストとは違う」と言うオクターヴに対して、「親の仇討ちってものはそんなに大層なことかね」みたいに返していたヴァランタン、「ですよね~」と思っていたのに、何だよ、お前も結局「復讐」なのかよ。

とはいえ人は本当に、抽象的な「正義」のために立ち上がれるのか。「大切な存在を奪われる」という個人的な切実さなくして、「革命」を起こせるのか。

ギョームの「誤認逮捕」のことを知ったオーギュストは、それをネタに自分の悪事をもみ消すよう、ギョームを脅していた。オクターヴの知らない、「恐ろしい父」。

「わからないよ、何が正しいのか。俺の知っている人と、あなた方が知っている人が、まるで別人みたいだ」

そう、オクターヴは嘆くのだけど、でも、それが人間性の真実というものだよね。100%善人でも、100%悪人でもない。対する相手によって態度を変えるのだって、人間社会で生き抜いていくには当たり前の知恵。家族には優しいのに、外では暴君。逆に、外面はいいのに、家族には暴君……。

兄オーギュストの専横から逃れるため兄を殺して、「これで自由になれると思ったらまったくそんなことはなかった」と告白するギョーム。「罪」の意識は亡霊オーギュストとなって常に彼の傍らにあった。

結局、オクターヴはヴァランタンの凶行からギョームを守る。何年もずっと殺そうと思ってきた相手を、助けてしまう。

そうして、オクターヴとアンブルの二人は姿を消す。オクターヴは人を殺してしまっているのだけど、なんせギョームが警察のトップなのだ。父の死の真相を暴こうとしていたオクターヴなのに、自分もまた、「真実を隠す」側に……。

アンブル「でも、あなた一人ではない。私も共犯者、永遠に。そう、永遠、だって私たちは姉と弟なのだから」
オクターヴ「姉と弟……それでいいの?」
アンブル「ええ、そうでしょ。だから、ずっと一緒」
オクターヴ「そうか、そうだね、それでいい。俺だけの姉さん、俺たちだけの、罪――

ぐわぁぁ、このラストも良すぎる。好みすぎる! 途中、「姉と弟でなければずっと一緒にいられたの?」と自問していた二人。互いに互いを「姉弟」以上の存在と想いながら、それを直接的に相手にぶつけることのないまま、「男と女」ではなく「姉と弟」であることを選ぶ。

そして永遠に、二人きり――。

「ふたり ただふたり~~♪」と『旅立ち』(『銀の狼』の主題歌)が流れてくるようなラスト。そうなんだよ、ただの男と女になったら「別れ」も来るけど、「姉と弟」である限り、その「血の絆」は永遠なんだよ、オクターヴ。

「殺人」という罪に加えて、愛し合っているそのことさえもが「罪」でもあるような「姉と弟」。その「想い」が直接的な恋愛の台詞ではなく、永久輝さんと星空さん、二人のお芝居からにじみ出るだけなのがまた最高に良い。ラストのお二人のお芝居も本当に素晴らしくて。

作/演出は先日『EL DESEO』で非常に斬新なラテンショーを見せてくださった指田珠子先生。「死者の祭」をモチーフにしたあの「影のラテンショー」と、通じるものがある気がします。どこか呪術的で退廃的な……。

一転フィナーレのダンスは非常に格好良く、カーテンコールでの永久輝さんの挨拶は爽やか&充実感に溢れていて。

ドラマシティでの公演は8日間、14公演。たったの8日間、と思ってしまいますが、このお芝居を連日やるの、めちゃめちゃ精神に来そうですよねぇ。オクターヴとして繰り返し生きるの、情緒がおかしくなりそう。

オクターヴに「出生の秘密」を伝えるジャコブ爺は専科の一樹千尋お姉様。一樹さん大好き、今回も安心のお芝居だった。

そしてオクターヴの母クロエは当時専科だった紫門ゆりやさん(現在は花組副組長)。「美人だなぁ、でもずいぶんデカいな」と思ったら男役さんじゃん!っていう。男役さんならではの妖しい美しさと低めの声で、非常に魅力的なクロエでした。「クリュタイムネストラってこんな感じ!」っていう、毒婦っぽい美しさと貫禄と、でもこの作品の中では決して「悪女」なわけではない、オーギュストに苦しめられていた哀しみも背負った大人の女性。

フィナーレナンバーでもドレス姿で、オーギュストとギョームに取り合いされるようなダンスが楽しい。

ギョームとヴァランタンの男役同士の絡みダンスもすごく良かった。ギョームの飛龍さんも、お芝居ともども素敵だったなぁ。このあと、『巡礼の年』で退団なさってるんですよね。オーギュストの和海さんも2023年に退団。4年前の舞台を今観ると……ですね。短いようで長い4年。


本編2時間、フィナーレ10分、カーテンコール10分という感じだったかな。すごく濃密な2時間20分でした。本当に観て良かった!