(※以下ネタバレあります。これからご覧になる方はご注意ください。記憶違い等多々あると思いますがご容赦を)


昨年末の『元禄バロックロック』がとても良かったので、また花組さんを観てしまいました。6月20日11時公演。

ミュージカル『巡礼の年』は副題が「リスト・フェレンツ、魂の彷徨」ということで、作曲家にしてピアニスト、フランツ・リストの生涯を描いたお話。作/演出は生田大和先生です。

超絶技巧ピアニストとして有名だったリスト、たいそうなイケメンでもあって、コンサートでは女性客が失神したとか、街を歩けば髪やボタンを引きちぎられそうになったとか、「ホントかよ!?」というエピソードが残っています。

なんて柚香さんにぴったりな役だ!と思うわけですが、柚香さん、ピアノもお上手だそうで、今回もところどころ実際に弾いておられました。ひゃ~、すごいな~、格好いいなぁ。
かつて『国境のない地図』でマリコさん(麻路さき)がピアノを弾いてらしたのを思い出します。

で。
さらに。
序盤のリストはなかなか自堕落。やけっぱちになってる部分があり、その憂いと翳りがさらに美貌を引き立てる
そりゃみんな失神するわ、というなまめかしさ。柚香さんの魅力全開すぎる。

舞台は1832年のパリ。その美貌とピアノの腕前でサロンを席巻していたフランツ・リストには、ラピリュナレド伯爵夫人というパトロンがいます。パトロンにして愛人。彼女の寵を得ることで、リストはパリでのし上がることができた、みたいな。

なので伯爵夫人はリストを「自分のもの」と思っているんだけど、リストはジョルジュ・サンドをはじめ多くの女性と夜を共にしていて、夫人のもとに帰らないこともしばしば。
伯爵夫人は「ちゃんと私の相手をしないと、どうなるかわかってるんでしょうね!」と怒ります。「あなたをサロンから締め出すことなんて簡単なのよ」というわけ。

これがリストの鬱屈の一因で、ピアニストとしてもてはやされてはいるけれど、それは自分の「才能」が評価されているからではなく、パトロンの権力のおかげに過ぎないのではないか。“成功”するためには、音楽性だのなんだのよりも、パトロンや客が喜ぶよう振る舞うことの方が大事なのでは。

親友でありライバルでもあるショパンはリストの身を案じ、また、「ダニエル・ステルン」という批評家は「まるでアルルカンのよう」と手厳しい批判を新聞に載せる。その批評に「なぜ僕の心がわかるのか」と驚いたリストはダニエル・ステルンに会おうとするのですが……。

この序盤の「金か芸術か」で葛藤するくだり、なんというか、すごく“今”っぽかったです。伯爵夫人はじめサロンに集う貴族の女性たちは輪っかのドレスでロココな髪型、19世紀なんだけど、柚香さん扮するリストは現代的なビジュアルで、「ロックミュージシャンの苦悩」でもおかしくないなぁ、って。

パトロンとかプロデューサーに気に入られて、その力添えで有名になって、「自分が本当にやりたかったことは何だろう」とか、「そうは言っても客はこれで喜んでるじゃないか」とか、「認められているのは自分の才能なのか、それとも…」っていうの、ものすごく普遍的な悩みですよね。

ショパンはリストに「君自身が一番君の才能を認めていない」とか言うんだけれども、自分だけが自分の才能を認めていても、周囲がまったく評価してくれなかったらやっぱりどうしようもないわけで、「俺の素晴らしさがわからないなんて世間はバカだ!」と失意の内に世を去るみたいになっちゃう。

なまじビジュアルがいいから、「見た目」で成功したみたいにも思っちゃうものね。ラピリュナレド伯爵夫人は「美しい若者」としてのリストを気に入って、「愛人」にしているわけだから。もしもリストの見た目が醜男だったら、伯爵夫人は果たして彼を引き立てたのかどうか。

お芝居の中では「顔で成功しただけじゃないか」みたいな言い方はされてなかったと思うんだけど(実際リストは稀有な音楽家なので)、なんか、つい柚香さんの美貌にばかり目を向けてしまう私自身の心根が試されるような序盤の展開だった……。

えー、それで、「ダニエル・ステルン」ですよ。
まるでリストの心の裡を見透かしたような批評を書いた彼、その正体は実は「マリー・ダグー伯爵夫人」なのです。女性の活躍の場が限られていた時代、しかも「伯爵夫人ともあろう者がジャーナリストの真似事を!」というわけで、身分を隠し、男性名で記事を書いていたんですね。

夫には愛人がいて、夫婦の仲は冷え切っている。「自分の居場所がない」「自分を偽って生きている」彼女だからこそ、リストの演奏に秘められた葛藤を理解することができた。
「似たもの同士」であることを知った2人はそのままパリを離れ、ジュネーブへと逃避行。仕事が速い。

マリーはもちろんトップ娘役星風まどかさん。ロココの貴婦人として登場する最初のシーンは輪っかのドレスがよく似合ってとても美しく、その後の「自立と因習の間で苦しむ人妻」部分も、リストとの短い“春”を経て寂しさに耐える部分も、素敵でした。

パリを離れ、マリーとともに過ごすことで「本来の自分」を取り戻していたリスト、でもジョルジュ・サンドに焚きつけられて「一度だけ」とパリに戻り、そのままマリーのもとには帰ってこなくなるんですよね。
リストを焚きつけるジョルジュ・サンドが「ひゃああああ、ヤな女!」って感じで、永久輝せあさんのお芝居が見事だった。

男装の作家として有名なジョルジュ・サンド、今回は男役の永久輝さんが演じてらっしゃるんですが、めちゃめちゃ良かったです! お芝居の冒頭、リストとジョルジュの大人なラブシーンから始まるし、男役ならではの色気がとても素敵で、永久輝さんの声が「ジョルジュ・サンド」というキャラクターにすごく合ってる。

リストとショパン、2人の天才音楽家に絡む役どころだから、むしろマリーよりもヒロインっぽくて、強烈に印象に残る。

一方、影が薄かったのがショパン。
何かとリストのことを気にかけ、終盤、死の間際にリストとジョルジュ・サンドと三人で語らう「魂の部屋」っぽい“見せ場”もあったけど、二番手男役がやるには控えめすぎる役どころだったような。水美舞斗さん『元禄バロックロック』ではコウズケノスケという派手な悪役で、巧いなぁと思っただけに、ショパン役はちょっと物足りなかった。

「一度だけ」と請われてパリに戻ったリスト、新しくラピリュナレド伯爵夫人のお気に入りになったタールベルクというピアニストと「演奏対決」をして、あっさり勝ちます。
タールベルク、気の毒だったなぁ。
リストがいなくなった後の「サロンの花形」になったかと見えて、それは伯爵夫人の“引き”による見せかけの成功にすぎない。「評判がいいのは当たり前でしょう、全部私が書かせてるんだから」。貴族の時代は終わったけど、「事務所の力」とか「言うこと聞かないと干すぞ」みたいなのは終わってないよね……。

その後リストは故国ハンガリーから爵位をもらったりして、あちこち飛び回ってマリーのもとには帰ってこない。リストからの手紙をマリーが読むとこ、「木綿のハンカチーフ」みたいだったなぁ。ぼくは~ぼくは~帰れないぃぃぃ~。

その間にマリーは革命運動の方に身を投じていく。
「貴族と肩を並べる=成功」だと思うリストと、その「枠組み」を壊す方――「貴族」であることに意味はないのだ、という方向に進むマリー。

お芝居ではリストとマリーの蜜月はほんの短い間(せいぜい1年とか)に見えたけど、実際は10年ぐらい一緒にいたらしく、子どもも3人生まれているのだとか。そのうちの一人がワーグナーの妻となるコジマだそうで。

えええええ、そうなんだ、全然知らなかった。

貴族の娘として生を受け、伯爵夫人となって、男性名で文筆活動を行い、革命に参加して『1848年革命史』というルポルタージュを残す。
すごい女性ですよね。

ラストは30年余りが経った1866年の修道院。僧職に就いて子どもたちに音楽を教えているリストのもとをマリーが訪れ、静かな会話を交わす。特に老けメイクしてる感じはなくて、声の調子や台詞まわし、仕草だけで、過ぎた年月を表現しているお二人が素敵でした。

すごく面白い!というのではなかったけど、リストの生涯を詳しく知らなかったがゆえに「どうなるんだろう?」と緊張感を持って楽しめたし、芸術家とパトロンの関係、芸術家にとって「成功」とは何か、というテーマは面白かったです。
ロマンスとしては破局した格好だけれども、リストとマリー双方が互いを大事な存在だと思い続けていて、「君と出会えたことは宝物だ」みたいに言うラストも。

人生にとって「成功」とは何か――。


マリー・ダグー伯爵夫人の書いたものを読みたくなりましたね。日本語で読めるものは限られているようですが。たとえばこの『巡礼の年 リストと旅した伯爵夫人の日記』とか。


リストがショパンの生涯を書いた本というのもあるそうで。こちらも気になります。『フレデリック・ショパン:その情熱と悲哀』



ショー『Fashionable Empire』はタイトル通り衣裳やセットがとてもファッショナブルで色遣いが美しく、目も耳も楽しい作品でした。
ファッショナブルな帝国、柚香さんは帝国の皇帝、開演アナウンスの最後に「カモ~ン!」っておっしゃるのがなんとも!
ついってってまうやろぉ~~~(笑)。

プロローグの衣裳格好良かったし、フィナーレ冒頭の「スーツの上にロングコート」の衣裳がまたたまらない。娘役さんもパンツスーツにロングコートなんだよね。格好いいわぁ、こういうの大好き。
そのすぐ前の若手スターさん達のシーンも楽しかったし、フィナーレのデュエットダンスは茶色に青の差し色だったかな、「こういう色を持ってくるか」という感じで。もちろん柚香さんと星風さんのダンスも素敵だったし。

音楽はジャズが多かった気がする……ちょっと、すでに記憶が曖昧だけれども(^^;)
永久輝さんが確か「FLY ME TO THE MOON」を歌ってらして、巧いなぁと。永久輝さん、やっぱり声が魅力的

『巡礼の年』の方ではラピリュナレド伯爵夫人役で安定&強烈なお芝居を見せてくれた音くり寿さん、ショーでは美しい歌声をたっぷりと。
後からプログラムを見て「これで退団」と知り、びっくりしました。ええ…、なんと残念な。
現トップ娘役の星風さん、そして前トップの華さんとは同期だそうで、なるほどと思わないこともないですが、歌も芝居もしっかりしたこういう「強い」娘役さん、貴重な存在なのになぁ。

往年のジュンベさん(洲悠花)とかリンゴさん(小乙女幸)を思い出します。

『巡礼の年』でもショーでも永久輝さんの方が印象に残って、水美さんと永久輝さんはダブル2番手みたいな扱いなの?と思ったんだけど、フィナーレでは水美さんだけが大きな羽根を背負ってらして、やっぱり水美さんが2番手なんだ!とちょっとホッとしました。前回のショーでは羽根が二人とも同じ小さいやつで、本当に「ダブル2番手」っぽい感じだったのだとか。

花組観劇歴めちゃくちゃ浅くて何もわかってなくて、『元禄』の時は普通に水美さんが2番手だと思って観てた……。

さて、次の花組は『うたかたの恋』
懐かしい!と思ったけど、2018年に紅さんがやってらっしゃいますね(AmazonPrimeVideoでの配信こちら)。なんとこれまでに7回も上演されてるお馴染みの作品だけど、大劇場での公演は1993年以来、30年ぶり

あの、シメさん(紫苑ゆう)休演で急遽マリコさん(麻路さき)が主演を務めたあの星組版からもう30年。
2006年の花組版を見た時にちょこっと感想を書いています。
圧倒的にマリコさんルドルフが良かったんだけど、「我が青春の星組」として記憶がだいぶ美化されている部分もあるだろうし、大劇場と全国ツアー版ではセット等も違いますからね。

柚香さんのルドルフはきっとまたとんでもない白馬の王子様になるだろうし、星風さんのマリー(またマリーという役!)はあやか姫に劣らぬ見事な歌とお芝居を見せてくれることでしょう。
過去の公演では2番手はみんなジャン・サルヴァドル役だけど、どんな役だっけ? まったく記憶がないな……ルドルフの親友かな(ググったら「ルドルフのいとこで親友」って出てきた)。水美さん、また柚香さんの親友役???

主役2人以外で印象が強かったのはヨゼフ皇帝だけだなぁ、ははは。どなたがおやりになるのかな。
ともあれ次の花組公演も楽しみです。