舞台『黒蜥蜴』感想の続きです。

映画版で私が好きだった、「明智!?」と黒蜥蜴が手をたたいて無邪気に喜ぶシーンは、舞台では残念ながらありませんでした。
見せ方の違いでしょうか、「無邪気さ」というのがあまり出るシーンがなかったように思いますね。割と最初から「憂愁」が強い感じがしました。

映画と違って細かい表情なんかは見えないわけですが、その代わり舞台ならではの演出があって、面白いです。
特に2幕の終わり。
舞台セットが半分ずつ明智の事務所と黒蜥蜴のアジトになっていて、交互にそれぞれのシーンが語られた後、夜になり、明智も黒蜥蜴も一人きりになって、ばーっとスモークがたかれたかと思うと、二人の掛け合いになるのです。

二人は別々の場所にいて、本当だったら「掛け合い」をするはずもないのだけど、お互いに相手のことを考えていて、その台詞が自然に(って、まぁ作ってあるわけですけど)「掛け合い」になって、最後には同じ台詞を同時に言うことになるんですよね。
ぱっと照明が赤くなって「決まった!」というところで幕。
いいよねぇ、大好きだわ、こーゆーの。

またこの場面の台詞まわしが歌舞伎調でね。
最後の「決め」なんてまさに「見得を切る」感じでかっこいいのよ。

別の場所にいる人間を同時に舞台に立たせて掛け合わせるって、ほんと映像でも文章でもできない、舞台ならではの素敵な仕掛けだと思う。

あと、「舞台」というところで注目すると、セット。
黒蜥蜴が作っている「恐怖美術館」のセット、すごく豪華でした。黒蜥蜴は美しい人間のその若さと美しさを永遠に留めておくために、人間を「剥製」にして飾ってます。映画では三島由紀夫もその「生き人形」の一人として出演しているんだけど、舞台ではどーするのかな、と思ってたの。
ちゃんと出てきました。
「裸」ではなくて、「裸に見える着ぐるみ」を着ているように見えましたが、セットに飾られた絵画の部分がぱっと開くと「生き人形」が出てくるという……。
そして最後には、その部分から刑事達が出てくる。

よく出来てるなぁ、と思った。

美輪さんは主演ですが、「演出・美術・音楽・衣装」も全部美輪さんがやってらっしゃるので、セットのデザインも美輪さんが考えられたのでしょう。
天は二物どころか三物も四物も与えるものです。

衣装もね。
黒蜥蜴は早変わり的なとこもあって、とっかえひっかえ。
着物にドレス。
ムチを持ってピシピシやるとこもあります。にしおかすみこなんて目じゃありません(笑)。

基本的なストーリーは映画と同じなので、「好きだから殺すの!」という黒蜥蜴の生き方についてはもう書きませんが。
やはり映画より明智がくっきりとしていて、雨宮くんもくっきりしていましたね。
雨宮くんは映画では川津祐介さんで、どっちかというと文学青年ぽいというか、繊細な印象だったんだけど、舞台の木村くんは風貌が若い頃の裕次郎を彷彿とさせて、ワイルドな感じなんです。
黒蜥蜴に心を奪われて、「ぼくはあなたの奴隷だ」と言って一生懸命仕えてるんだけど、黒蜥蜴の方はその愛を「あさましい」としか思ってくれない。
なので彼の愛は暗くて屈折した、狂気じみたものになってしまう。その「負の情念」みたいなものが、木村くんの雨宮にはうかがえました。

最後、雨宮は令嬢早苗の替え玉の娘に救われるんだけど、そのシーンも二人の台詞が掛け合いになってて(もっとも今度は二人とも同じ場所にいる)、面白かった。
別に愛し合ってるわけでもない二人が、明日の朝には「恋人同士」という剥製にされて、未来永劫抱き合って過ごすことになる……「それならなぜ今、愛し合ってはいけないのかしら」。

「瓢箪から駒」「嘘から出たまこと」。

それでも、逃げる時に雨宮くんの方は未練がましく何度も黒蜥蜴の方を振り返っているのですけど。

えーっと、それから。
パンフレットに載っている対談がとても面白かったのですが、中で三島由紀夫が美輪さんにこんなことを言ったという話があります。

「君は、まるでせっけん箱か歯ブラシでも使っているように、日常的に、僕のレトリックだらけの台詞をしゃべることができると思った」

ああ、なるほど!
美輪さんの黒蜥蜴が絶品なのは、あの強烈な美意識と自負と無邪気さが、そのまま美輪さんのものだからだろう、と私は思っていたんだけど。
なるほど、あの台詞をしゃべっておかしくない、あの台詞をごく当たり前にしゃべれるっていうところが、美輪さんのすごいところなんですよね。
それは私が感じたように、「美輪さん自身が黒蜥蜴と同じものを持っているから」かもしれないし、もっと違う言語的なセンスの問題かもしれないけど、確かにあーゆー絢爛な台詞を自分のものとして普通にしゃべれる人はなかなかいないでしょう。

三島由紀夫は「どうしてオレの芝居というと、演出家も役者も気どりやがるんだ」と嘆いていたらしいのだけど、それは無茶ってもんだよねぇ。だってあなたの文章、気どらずにしゃべれないよ、普通の人は。

というわけで、『黒蜥蜴』ネタはまだ続きます(笑)。



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