2013年4月7日日曜日

続・『モンテ・クリスト伯』第6巻~決闘の顛末、そして~

6巻の続きです。(6巻前半の感想はこちら

メルセデスとのやりとりを終え、まんじりともしないまま、エドモンは運命の朝を迎えます。

アルベールとの決闘の朝。

アルベールの命を助ける代わり、自身の命を終わらせようと決意して臨んだ決闘の場で、思いがけない事態が!

なんと、アルベールの方が決闘を取り下げてしまうのですね。

そう、「息子の命と引き替えにかつての恋人の命を見捨てるのか」とエドモンは苦悩しましたが、メルセデスはもちろんエドモンの命を奪おうなどとはつゆ思っていなかったのでした。

母から父親とモンテ・クリスト伯との因縁を(ということはもちろん母親との関係も)聞いたアルベールは、「あなたには父を処罰する権利があるとわかりました」と言って、矛を収めるのです。

感想前半でも書きましたが、「処罰する権利」「復讐する権利」って、どうなんでしょうね。また7巻の感想(つまり、全部読み終わっての感想)で書くことになると思いますけど、「罪」と「罰」ということについて、「人が人を裁く」ということについて、考えさせられます。

エドモンはフェルナンを裁き、その「裁き方」をアルベールは裁いた。最初は「とてもそんなことは許せない」と思い、後には「その裁きは妥当である」と認める。

フェルナンの息子であるアルベールには、エドモンを「裁く権利」があるのか…。

ともあれ、命を捨てる覚悟をしていたエドモンは、メルセデスの配慮と、このような顛末をもたらした「神」に深い感動を覚えるのでした。

「やっぱり神の摂理だった!」と、伯爵はつぶやくように言った。「おれには、今日にしてはじめて、自分が神から遣わされたものという確信が得られたのだ!」 (P259)

ファリア司祭に出会い、牢獄を抜け出すことができ、また、司祭の宝を元手に復讐への道を歩き出すことができた自分を、時に「神の使い」と称していたエドモン。自分の復讐は神に赦された正当なものだと思っていたエドモン。

でも、やっぱり、迷いはあったんだね。

それがこのアルベールの対応で、確信が得られた。

父のエドモンへの行いを知ったアルベールは、「もうこの家にはいられない」と言って母メルセデスとともに旅に出てしまいます。すでに社交界での面目を失っていたうえに、愛する妻と息子にも見捨てられたフェルナンは自ら命を絶つ……。

確かに、「因果応報」と言うべき「何か」がありますよねぇ。エドモンにしてみれば、失脚させ、息子の命を奪ってやる「計画」だったと思われるけど、「息子に死なれる」より以上にフェルナンには打撃になったことでしょう。「息子に見捨てられる」というのは。

メルセデスもアルベールも、この家にたいし、また見すてられた父なり夫にたいし、最後の一瞥、別れの挨拶、名残の一瞥、とりもなおさずゆるしを与えるために、その窓から首を出すことさえもしないで…。 (P296)

原文では「ゆるし」に傍点が打ってあります。

そう、それは「ゆるし」なんだよね。ほんの一瞥だけでも投げてあげれば…。デュマさんの筆、ホント素晴らしいなぁ。その「ゆるし」を、母と子は一片も与えることなくフェルナンのもとを去っていく。

嗚呼――。

一方死ぬつもりで出ていって思いがけず生きて帰ってきたエドモンにはエデの愛情深いまなざしが待っていました。

エドモンはおそらく、「まだ自分はメルセデスを忘れられない」と思っていたのでしょうし、24年という長い苦難の日々に「もはや人を愛することなどできまい」と思っていたのでしょう。

だから、時々エデが見せる、「命の恩人」というだけでない、父や兄に対するのではない、「一人の男」に対しての愛情に、気づかないふりをしていた。彼女を愛しいと思う気持ちは「娘に対するもの」だと思っていた。

ここ数日来、モンテ・クリスト伯には、すでに久しい前からあえて信じようとしないでいた一つのことがわかりかけていた。それは、この世に二人のメルセデスのいるということ、そして、自分がまだ幸福になれるかもしれないということだった。 (P282)

キャーキャー、エドモンったらついに自分の気持ちに気がついたのね!!!

でも、そうなるとエデの身に何か起こるんじゃないかと心配になってくる私。まさかデュマさん、エデまで取り上げたりしないよね? 20歳の若さで「未来」を奪われたエドモンに、「また幸福になれるかもしれない」と胸震わせるエドモンに、そんな悲劇を与えたりは……。

メルセデスとの葛藤、アルベールの決闘辞退、そしてこのエデとの短いシーン。

すごく好きなので、宝塚版の結末が許せませんでした。私はエドモンにはエデと幸せになってほしいのよぉ! 取り返せない過去を取り戻そうとするのではなく、再び未来に向かって歩むという意味でも、「もう一度人を愛せるかもしれない」っていうの、重要だと思うんだなぁ。エデの存在が。

仇のうち、カドルッスが死に、フェルナンが死に、そして、ヴィルフォールの娘ヴァランティーヌも死にかけます。

これはもちろんエドモンがやったんじゃなくて、ヴィルフォールの妻がやったことなんですけど。ヴァランティーヌの祖父母サン・メラン侯爵夫妻を毒殺し、いよいよヴァランティーヌに手を伸ばしてきた。

ヴァランティーヌを愛するマクシミリヤンはエドモンのところに飛び込んでいって「ヴァランティーヌさんがぁ!うわぁぁぁ!」と泣き叫ぶのですが。

仇達の秘密は何でもお見通しのエドモン、マクシミリヤンとヴァランティーヌの秘密の恋も知っているのかと思いきや。

「ええっ、あの呪われた一族の娘を愛しているだと!?」とどえらい剣幕。息子とも思うマクシミリヤン、自分が死んだらエデを託したいとまで思っていたマクシミリヤン、その彼が、よりによってヴィルフォールの娘を愛しているなんて!!!

でも、エドモンはマクシミリヤンに、ヴァランティーヌを助けると約束するのですね。

感動というものを知らず、同時にきわめて人間的であるこの人の心のなかに、光りの天使と闇の天使と、そのいずれが語りかけたというのだろうか? (P333)

マクシミリヤンが仇の娘を愛したことを、エドモンは「自分への罰」のように受け止めるのです。アルベールとの決闘では「神の摂理」を確信し、ヴァランティーヌとの一件でもまた、「神の意志」を感じる。

ダングラールやフェルナンの一家が親交を持っているのはかつての縁を思えば当然で、そこにヴィルフォールやマクシミリヤンまで絡んでくるのには「そんなうまい具合に出会うか?」とツッコミたくもなるのですけど、でも読んでるとその深いドラマに引き込まれて、「それは必然」だと思えてくるのですよね。

仇達が不幸になって、仇の家族も不幸になって、それをただ笑って眺められるのかという。

それで本当にいいのかということを、「仇の娘と、息子とも思う青年との恋」がつきつける。
 
 

で。

続いてはダングラール。

エドモンの情報操作で、ダングラールは投資に失敗し、ずいぶん損をしてしまっている。銀行家としての信用も落ちてきた中、起死回生の策として彼は娘をアンドレア・カヴァルカンティと結婚させようとするのですね。

彼をイタリアの貴族と信じて。金持ちだと信じて。

しかい肝心の娘ユージェニーはまったく結婚に興味がない。どころか男に興味がない。

ユージェニーとダングラールの間で交わされる会話は、なんともけったいな、それでいて率直な、読んでいて実に面白いものです。たとえばユージェニーはしゃらっとこんなことを言ってのける。

わたし、なぜ自分の一生を、絶対的な必要もないのに、永遠の伴侶なんていうものに煩わされなければならないのかがわかりませんの。 (P351)

現代の若い娘が言いそうな言葉ですよね。若い男の子も言いそう。「なんで結婚なんていうめんどくさいことをしなきゃならないの? 一人の方が気楽じゃない」と。

芸術が好きで「自由」が好きで、社交界の青年達には「おっかない」ように思われているユージェニー。一体この子、誰に似たんでしょう。ダングラール夫人はあんな尻軽で、不倫の末に子どもを生んだりもしてるのに。

ダングラールの小狡さとも違うよねぇ。父親であるダングラールも、母親である夫人も、この気位の高い変わりものの娘にどう接していいかわからない、って感じがありあり。

なので。

わたし、物ごころついてからというもの、なさけないことに、誰からも愛されたことがありませんでした。そしてけっきょく、さいわいなことに、誰ひとり人を愛さないようになりましたの。 (P359)

卵が先か鶏が先か。

愛されないから愛さない娘(変わり者)になったのか。愛さない(変わり者)から、愛されないのか。

金勘定しか頭にない父親と、自分自身がちやほやされることにしか興味がない母親の間に生まれて、ユージェニーが寂しい少女時代を送ったことは想像に難くないけれど。

自分だけが頼り、自分の才能に自惚れた傲岸不遜なところは、あるいは父親譲りと言っていいのかな。少なくともダングラール夫人よりは、ダングラールの方に近しい感じはする。

父親から率直に「金のために結婚してくれ」と言われたユージェニーはそれを承諾しまう。「ただし、結婚後にわたしが何をしようとそれは絶対自由ですわね?」と念を押しながら。

そしてめでたく結婚式(というか、結婚誓約書に署名する儀式?)を迎えるのですが、そこでついにアンドレアの化けの皮が剥がれてしまうのです。徒刑囚であり脱獄囚でありカドルッス殺害の容疑者として、憲兵達が捕まえにくる。

目はしのきくアンドレアはさっとその場から姿を消し、憲兵の手を逃れます。後に残されたのはずだぼろになったダングラール家の名誉だけ……。

が、しかし。

もう少しで夫になるところだった男が徒刑囚で脱獄囚で殺人犯だと聞いても、ユージェニーは慌てず騒がず、「私ってやっぱりこういう運命の女だったのね」と受け止め、かねての計画通り親友ダルミイー嬢とパリを逃げだそうとする。

「結婚した後は何をしても自由ですわね?」と言っていたユージェニー、最初から「結婚誓約書にサインだけしたら逃げだそう」と思っていたのですね。

女二人の旅だと怪しまれるからって、ばっさり髪を切って男装し、仲良しの娘と嬉々として逃亡するって、何なんでしょうこの子は。ホントに19世紀の少女ですか。

ユージェニーとダルミイー嬢って、なんか百合の匂いがするし……。ホントに恐れ入っちゃうなぁ、デュマさんには。まぁ、「そんなレズっぽくて行動的な女の子は古典には出てこない、19世紀の社交界にはいない」なんていうのはただの偏見かもしれないんだけども。

私が知らないだけで、当時のヨーロッパの文学作品にはゴロゴロ出てくるのかも。

実はアンドレアとユージェニーは異父兄妹なので、万一結婚してたら近親相姦だったんだけど、いや、でも、結婚しててもユージェニーは結婚生活を営まずに逃亡する計画だったんだから、問題なかったのかな???

7巻でもアンドレアの「母親」が誰かというのはアンドレア自身には明かされないから、実は母や異父妹と近しく付き合っていたのだということを、アンドレアは知らないまんまなんだよね。ユージェニーも、兄だと知らないまんま。

というわけで、次はいよいよ第7巻。最終巻です! あー、もう終わっちゃうのか!

残念だよ。本当に残念だよ。

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  1. もっと、うららかな日々: 続・『モンテ・クリスト伯』第6巻~決闘の顛末、そして~

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