2015年9月24日木曜日

『赤いリスの秘密(ジュナの冒険4)』/エラリー・クイーン



Kindle版原著


引き続き4作目を読みました。5冊いっぺんに借りてしまったので、どんどん読んでどんどん感想書いていかないと間に合いません。

(※ジュナの冒険7作目『黄色い猫の秘密』の感想記事はこちら。2作目『金色の鷲の秘密』の記事はこちら)

3作目『緑色の亀の秘密』は県立図書館にもなかったので、2作目の次にこの4作目。



冒頭、ジュナはどこかの駅からエデンボロに帰ろうとしています。見送りに来た友達のベンが緑色の亀を持っているのですが……これが3作目のタイトルになった亀なのでしょうか。3作目の事件を解決したすぐ後のように思えます。

それは8月の20日。夏休みの間その「どこかの町」にいる予定だったのを、10日ほど早く戻って「おばさんをびっくりさせよう」と言っているのですが、2作目でも「夏休みを利用してストーニー・ハーバーに来ていた」のですよね。ストーニー・ハーバーでの滞在は短かかったとはいえ、一旦エデンボロに戻った後、またどこやらへやられたのでしょうか。

冒頭で「おばさんはずっと病気で寝ているんだから、学校が始まる前に帰って色々お手伝いしてあげなきゃ」とか言ってるところを見ると、おばさんの具合が悪いのでストーニー・ハーバーから呼び戻され、おばさんの具合が悪いので「おまえはよそへ行っていなさい」とまた出されたのか。

うーん、気になるなぁ。3作目も読みたいぞ。

ちなみに「ずっと病気で」と言われていたアニーおばさん、物語の最後では元気な顔を見せて、ジュナや押しかけたお客さん達のためにたっぷりご馳走を作ってくれたりしています。

そしてこの本では「アニーおばさん」ではなく「エラリイおばさん」と訳されています。

訳者は中村能三さんという方。クリスティの『アクロイド殺人事件』等ミステリを多数訳されている方で、日本の初期の職業翻訳家を代表する一人のようです。

「探偵小説が大好きだったけど、私が子どもの頃は少年少女向きの日本の探偵小説なんかほとんどなかった。こんな面白い、たのしい探偵小説をお読みになれるみなさんがうらやましい」と「この本の読者へ」でおっしゃっています。

このハヤカワの『ジュナの冒険』シリーズはすべて訳者が違いますが、訳者まえがきとも言うべき「この本の読者へ」にそれぞれの個性が表れていて面白いです。

で、えーっと、夏休みの終わり頃なんですよね、この4作目の舞台。2作目と同じ夏休みなのか、1年経っているのか、はたまたジュナ君はサザエさんのように「季節は巡っても年を取らない」タイプなのか。

もし2作目と同じ夏休みなら夏休みの間に3件もの事件に遭遇して3回も危ない目に遭うという……。コナン君並みの「事件引き寄せ体質」ですよね。

友達のベンと、7作目にも出て来た新聞記者のソッカーさんに見送られ、汽車に乗り込んだジュナ。愛犬チャンプを運動させようと途中の駅で一度汽車を降ります。停車時間が長いから大丈夫と思っていたらチャンプが猫を追いかけて街中へ出て行ってしまい、やっと捕まえて駅へ戻った時にはもう汽車は発車した後。

切符は車掌に取られてしまったし、荷物は「チッキ(託送手荷物)」で送ってしまったし、仕方なく次の汽車の切符を買おうと思ったら尻ポケットに入れていたはずの財布がない!ない!ない!!!

のっけからジュナ大ピンチ

一応警察に「財布がなくなった」ことを届け出るんですが、その場のおまわりさんは事情を深く聞いてくれないし、ジュナも自分から窮状を訴えず、「はいはい、財布ね、出てこないと思うけどね」という冷たいあしらいをされてしまいます。

どーすんの!?と思ったら、歩き出すんですね。エデンボロの最寄り駅リヴァートンまでヒッチ・ハイクで行こうと。

でもジュナを乗せてくれる車はなく(というかそもそもあまり車が走っていない)、チャンプとともにてくてくてくてく歩くジュナ。夏の太陽は容赦なく照りつけ、お腹が空いてもお金はない。ポケットに残っていた小銭でなんとかクラッカーを買ったものの、お店のおじさんに「浮浪者か?」と疑われる始末。

どーなるんだー、大丈夫か、ジュナ、と思ったら「丘の上の家」と呼ばれる空き家でバディという少年と知り合いになります。なんとこのバディ君、駅でジュナの財布を拾っていたのです! そんなうまい偶然があるか、と思うのですが、お財布が戻っても駅は遠く、また、食事ができるような店もなく、ジュナとバディは空きっ腹を抱えてやっぱりてくてく歩いていくしかありません。

が、やっと「助け船」ならぬ「助け馬車」に出会うのです。ジョーンという孫を連れ、馬車であちこちの町を回って刃物研ぎをしているシザーズさんというおじいさんが、二人を乗せてくれるのですね。食事もご馳走してくれる。

このシザーズさんという人が本当に素晴らしい大人で、ジュナとバディに色々なことを教えてくれるのです。刃物を研ぐだけでなくアコーディオンもうまくて、どこの町でも好かれている。

なので道中、謎の二人組に馬車を荒らされた時も、クリフトン・ヴァレイという町の人々が、ぐちゃぐちゃにされた衣類を洗濯してきれいにしてくれたり、ダメになった食糧を買い足してくれたり、サンドイッチにチョコレートケーキまで持たせてくれるんです。そして、研ぎ賃を受け取らないシザーズさんの代わりに町の巡査にお金を預け、巡査はそのお金を郵便為替にしてシザースさんの家に送るという……。

どんだけいい人たちなの!!!!!!

それでシザースさんはクリフトン・ヴァレイの人々のことを「地の塩」だと言うんですね。

「人間が生きていくにはぜひとも塩が必要じゃ。それと同じように、ああいう人々にいてもらわねばならない。でないと、この世界は恐ろしいところになってしまうからね」 (P137)

「学校で千年間で習うことよりあなたの馬車で十分間に習うことの方が多い」と言うバディに対しては、

「子供はみんな学校教育が必要じゃ。学校では考え方を教えてくれる。学校教育をすっかりおわると、それが、世の中の人々とどうやって生きていくかを考える上に役に立つんじゃ。そして、いまいましいことに、世の中には人がうじゃうじゃいるんだからな」 (P141)

と答える。

いやー、クリフトン・ヴァレイの人々も素敵だけど、シザーズさん自身が「地の塩」です。

子ども達のために書かれた物語というのがこのシザーズさんの造型でよくわかる。もちろん悪党も出てくるし、さっきの「冷たい」おまわりさんみたいな人も出てくるけれど、ジュナをサポートしてくれるソッカーさんや町の人々といった「素敵な大人」がいっぱいいるのですよね。親切で、子どもの言うことにもちゃんと耳を傾けてくれて、ジュナだけでなく困っている隣人にはさっと手を差し伸べ、自分達の日々の生活を楽しんでいる。

こういう大人にならなくっちゃなぁ、と思わされます。



シザーズさんの馬車を荒らした謎の二人組は実は……というのが今回の事件で、ジュナ少年は終盤また危ない目に遭います。でも自分の身も危険なのに、ジュナはシザーズさんのことを心配するんです。

シザーズさんは年よりだし、ジョーンという孫もいるのだから、命は助けてやってほしいとムーンにたのみたかったのだ。 (P220)

ジュナもほんまにねぇ、ええ子やねぇ。

事件の最後でバディのおばあさんとアニーおばさんが友達だということがわかったり、その絡みでジュナが覚えていたことが事件解決の一つの鍵になったり、「ちょっとできすぎじゃない!?」と思ったりもしますが、ロードムービーのような展開と事件がうまく絡み合って、大変楽しかったです。

ここまで読んだ3作品ではこれが一番好きかも。

それにしても、「バディのおばあさんと友達」ということは、アニーおばさんもおばさんというよりおばあさんの年頃なのでしょうか。単に友達というだけでなく学校が同じだったと言っていますから同い年ではなくても同世代ぽい。

そして財布の件で警察に行った時、おまわりさんに「苗字は?」と訊かれたジュナ、「それっきりなんです。ほかに名前はないんです」と答えています。

国名シリーズに出て来る「ジューナ」はクイーン警視に拾われたジプシーの孤児という設定でしたが、こちらでも「ジプシーの孤児」という部分は生きているんでしょうかね。少なくともアニーおばさんと同じ姓を名乗ってはいません。

バディ「ひとが考えてることがきみにどうしてわかるんだい、そのひとが言ってくれないかぎりさ」
ジュナ「そりゃ、わかるはずはないさ、ほんとのことはね」「でも、ぼくはそれを突きとめてみたいんだ、だって、たいていの場合、だれでもほんとうのことを話しちゃくれないものだからね」
 (P59)

ほんま、利発な子です、ジュナ。

あ、書き忘れるところでしたが、タイトルの「赤いリス」というのはシマリスのことで、ヒッチ・ハイクしようと歩いていたジュナが、たまたま出会った猟場番のおじさんにリスの巣について話を聞くのです。そしてそのリスの巣についての知識が、終盤推理に生かされるというわけ。



解説で、このジュナシリーズは

そのときには、九さつ目、十さつ目と書きつづけるような話もあったのですが、けっきょく八さつだけでおしまいになりました。 (P260)

と書いてあるのですが、実は『紫の鳥の秘密』という9冊目が存在します。


『紫の鳥の秘密』は1954年に刊行された8作目『青いにしんの秘密』から12年経った1966年に書かれていて、早川書房で最初に訳書が出た1958年段階では確かに「全8作」しかありません。

でも解説では1971年にエラリー・クイーンの片割れマンフレッド・リーが亡くなったことに言及しているので、この解説は文庫版で新たに書かれた(か、少なくとも手を入れられている)と思われます。

9作目の存在、日本には伝わってこなかったのですかね。

実は2008年(なんという最近!)にミステリマガジン誌に『紫の~』翻訳が掲載されたらしいのですが、現在まで単行本等は刊行されていません。ハヤカワさーん、文庫本にしましょうよー!


(この2月号から3号にわたって分載されたようです)

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