皆さんは覚えていらっしゃるでしょうか。
エラリー・クイーンのジュブナイルシリーズ、『ジュナの冒険』。ハヤカワ文庫では絶版になって久しく、がんばって県立図書館等から借りたものの、全巻読破には至らなかったあのシリーズを。

感想記事の一覧はクイーン作品の感想をまとめたページに掲載してあるのですが、1作目にあたる『黒い犬の秘密』は県内に所蔵がなく、邦訳を読むことはできなかったのです。

なのでKindleで原著を買って、自分で和訳にチャレンジしながらちまちま読んでいました。それはなんと2015年のことで、途中経過を記録した記事の末尾には「5ヶ年計画」などと記してあるのですが。

6年経っちゃったよ!
3冊目と9冊目の原著に取りかかるどころか、いまだ1冊目を読了してないよ!!!!!

いや、ちょっとほんとに、自分のやる気のなさに呆れております。最後に原著をひもといたのは2019年の4月のようで、この2年間はまったく手つかず。
角川つばさ文庫で出た新訳を読むのは原著を通読してから、と思っていたけど、もう諦めて借りてきました。

はぁ~、マジ自分がなさけないわぁぁぁぁぁ。



角川つばさ文庫ではまず先に3巻目に当たる『幽霊屋敷と消えたオウム』が刊行され、こちらの方は2016年に読了しています。
『幽霊屋敷』は2016年の8月に刊行され、『黒い犬と~』の方は2017年1月の刊行。その後他の作品も順次出るんだろう、楽しみだなぁ、と思っていたら。

出ませんでした。
2冊で終わっちゃった……。

売れなかったのかな。この手のレーベル、小中学生が自分で買うというよりは図書館や学校の図書室向けなのかなぁと思うけど(普通の本屋さんではあまり並んでいないし)、そこでも人気がなかったのか、はたまた権利の問題か。

まぁ今は日本製のジュブナイルミステリが山ほどありますし、わざわざこんな昔の翻訳物を手に取る必要もないんでしょうね。おばさんには「古き良き懐かしき翻訳物」だけど、今どきの子どもたちにはあまりにピンと来ない世界設定かもしれない。

何せ原著は1941年の作品。スマホがないどころか、電話があるのはピンドラーさんのお店だけ。郵便も各戸に届くのではなくピンドラーさんのお店に届く。そもそも主人公ジュナの住むエデンボロには家が12軒しかなく、大きい町までは延々歩くか自転車か、誰かの車に乗せてもらうしかない。

途中、ジュナが親友トミーに自転車を借り、自分でそれを修理する場面があるんですが、そんなことしないよね、今の子ども。昭和の子どもでもやったことないもん、ブレーキの修理なんて。

『幽霊屋敷~』同様こちらにも何の解説も付いておらず、エデンボロがどこの国かもはっきりしない。時代背景とか、ちょっとでいいから解説があったらいいのにな、と思います。

背表紙のあらすじには「ぼくはジュナ。12歳だけど、名探偵の助手をしてるよ」と書かれていて、冒頭のキャラクター紹介にも「探偵をめざしている」とありますが、もちろん本編に「ジュナの師匠である名探偵」は出てきません。「探偵になりたい」という台詞もないし、「探偵」という言葉自体1回も出てこなかったような……。

ジュナには何の肩書きもなく、学校に通っているかさえ定かでないので、キャラ紹介が難しいのはわかるのだけど、この「名探偵の助手」設定はやっぱり失敗だと思うなぁ。
読んでて、「いつ探偵が出てくるんだ?」「なんでジュナは探偵に相談しないんだ?」「えー、結局名探偵って存在しないの???」ってなるもん。

町で銀行強盗に遭遇し、自分で色々調べるものの警察にはまったく話を聞いてもらえず、最終的に一人で行動して絶体絶命のピンチ!
2作目以降も毎回危なかったけど、この1作目もかなりヤバい。

悪党どもにとっつかまって水没の危機。身動きできない中、地下室に流れ込む水……しだいに水位が上がってくる……!

助けてくれる名探偵はいないので、自分で切り抜けなきゃいけない。最終的にはアニーおばさん宛に自分で書いておいた置き手紙が功を奏し、警察も駆けつけて大団円。推理も、ピンチを脱するのも、1人で全部やっちゃうジュナ、本当にすごいです。

クララベルの絵の具のヒントとか、ボートに釣り遊び、ただのペット以上の活躍をする“黒い犬”愛犬チャンプ。子ども向けの要素も交えつつ、強盗一味とのやりとりはなかなかハードで、よくできたミステリーなのですが……うーん、やっぱり今の子ども達が読むには古めかしすぎるかなぁ。

ハヤカワ文庫版を読んでいた時、「1冊目にはジュナとアニーおばさんの関係が書いてあるのかな?」と思っていたのですが、結局出てきませんでした。もっとも1冊目ではジュナが「姓を名乗らない(アニーおばさんと同じ姓ではない)」ということは出てこないし、「2人が血縁ではない」ということを意識する場面はないのですが。

なので読者としては「親戚のおばさんと一緒に住んでるんだな」と、あまり気にせず読み進めてしまいます。

さっきちらっと言及した「置き手紙」の中でジュナは

「さようなら、アニーおばさん。愛しています。いままで育ててくれて、本当にありがとう」 (P209)

と書いていて、「一時的におばさんに預けられている」のではなく、育ててもらったんだな、ということはわかるのですが。

ってゆーか、この置き手紙、完全に遺書ですよね。この結びの一文の前には、「もし僕に何かあったらジグソーパズルはクララベルにあげて」とか書いてある。
「もしもクララベルが欲しがったら、だけど」と留保をつけるのがとってもジュナらしいけど、しかし命がけすぎないか。覚悟決めすぎじゃないか、ジュナ。

Kindle版、読了はできなかったけど、全15章の13章ぐらいまでは読んでたので(そこまで読んでて最後までがんばらないところが実に私らしい)、「どうなるんだろう」とワクワク頁を繰るというよりは、「そうそう、こんな話だった、合ってる合ってる」と答え合わせをする気分でした。
まだ自分の日本語訳と付き合わせるとこまではやってないけど、「だいたい合ってた」感(笑)。

おばさんの口癖、「Glittering glories of Golconda!」は「びっくり、くりくり!」と訳されていました。「なるほど」と思うものの、「おはよう、アニーおばさん!」というジュナの挨拶への応答が「びっくり、くりくり!」だったりするので、「おばさん、変な人だな」と思わないこともない(^^;)

ちなみに昔のハヤカワ文庫版はかの西脇順三郎氏が訳しておられます。


「Ambarvalia」等の詩集で有名な西脇順三郎氏、果たしてアニーおばさんの口癖はどう訳していらっしゃったんでしょう。読んでみたかったなぁ。


【2021/09/18追記】

自分で訳したものと少し付き合わせてみたのですが、つばさ文庫版ではちょこちょこ省かれている部分がありました。ページ数の都合なのか、本筋と深く関係のない部分で、訳されてない箇所がある。

で、その「訳されてない部分」に、「ジュナの姓」の話がありました。1作目にもちゃんと「ジュナはただのジュナ」っていうのがあったのです。
警察署長に住所と名前を訊かれ、「アニー・エラリーおばさんと一緒に住んでます」と答えたら、署長が「それが君の名字か?エラリーっていうのが」って訊くんですよね。で、ジュナは「いいえ、違います。ただのジュナです」と答える。

ここ、すごく重要な気がするけど、ジュナの両親についての話は結局シリーズ全部(8作目まで)読んでも出てこなくて、なぜ彼が「ただのジュナ」なのか、アニーおばさんとはどういう経緯で知り合って、一緒に暮らしているのか、わからずじまいで終わるので、いっそ無視してしまう方がややこしくないのかもしれない。

訳してしまうと、気になるもんねぇ。
じゃあジュナの名字は何なの? おばさんとは血が繋がってないの?って。

あと、第一章でジュナが、ニワトリを咥えて持ってきた養鶏場の犬について見事な推理を見せるんですが、その推理を踏まえて、一章のラスト、「養鶏場にはまたイタチが忍び寄っていた」みたいな一文で終わるんですよね。
読んでてニヤリとしてしまう、実に心憎い終わり方だなぁ、と思っていたので、「省略しちゃうのか」と残念。確かに本筋とは関係ないし、私も自分の訳を読み返すまですっかり忘れていたけど、このくだりがあるとないとでは作品の質が変わる――読書体験が変わると思います。

原著読むの大変だけど、読むと発見がありますね。なんとか最後まで読み通さないと……。ははは。


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『白い象の秘密(ジュナの冒険6)』/エラリー・クイーン

『黄色い猫の秘密(ジュナの冒険7)』/エラリー・クイーン

『青いにしんの秘密(ジュナの冒険8)』/エラリー・クイーン

Kindleで『黒い犬の秘密』を読んでいます(途中経過)

『幽霊屋敷と消えたオウム』/エラリー・クイーン