以前ご紹介した『八人のいとこ』の続編です。

原題は「Rose in Bloom」。なるほどこれで「花ざかり」。
“1896年9月”という記述がある序文には「この続編は約束を果たすために書いた」とあります。
きっと読者からたくさんの要望があったのでしょうね。「あれからローズといとこたちはどうなったの? 誰がローズのハートを射抜いたの?」と。

あれから6年、2年間のヨーロッパ旅行を終え“叔母が丘”へ戻ってきたローズ。美しく成長した彼女にいとこたちは色めきたち――。

ついに!
乙女ゲー開幕!!!

というのは冗談ですが、カバー見返しのあらすじにも「それぞれの道を歩きはじめたいとこたちとヒロインとの恋の糸はからまりあって」と書かれていて、ローズが「誰を選ぶのか」が大きなテーマになっていることは事実。

前作では13~14歳だったローズは今は20歳チャーリーやアーチーは23歳、マックは21歳の若者に。

いとこ8人のうちローズ以外の7人は男の子ですが、ローズの恋のお相手となりそうなのはこの3人。美男で、社交界好きな母からその気質と振る舞いを受け継ぎ、子どもの頃から“プリンス”と呼ばれているチャーリー。落ち着いて堅実で、早くも“一族の総領になる者”と見なされているアーチー。そして周囲からは変わり者と思われている“本の虫”、マック。

(※以下、結末をバラしています。これからお読みになる方はご注意ください!)



最年少(おそらくまだ10歳にもなってない)のジェミーも名乗りを上げてはいます。

「叔母さんたちが言ってたよ。お姉さんは僕たちのうちの誰かと結婚して、キャムベル家に財産を残しておくほうがいいって。だから、僕一番に申し込んだの。だってお姉さん、僕のこと好きだろう。それに僕、巻き毛の人、大好きなんだもの」 (P30)

21歳になったらかなりの財産を相続するらしいローズ。叔母さんたちにはそんな思惑が……。お金がありすぎるのも大変だな(^^;)

けれどもローズの方にはまだまだそんな気持ちはなく、

「女性は結婚するしか能がないなんてきくと全くうんざりするわ! 私が家事をしたり、赤ちゃんの世話をするほかに、もっと何か役に立つ者であると証明できないうちは、恋愛なんかするもんですか!」 (P20)

と息巻いています。

「私、自分の理想を下げたくないの。私に尊敬されたい方は、少なくともそれに恥じない行動をしなきゃいけないのよ」 (P24)

とも。
こうたしなめられたのはチャーリーなのですが、“プリンス”と崇められ甘やかされてきた彼、「ローズは当然僕のものになるべき」と思っているのですね。他のいとこたちも、なんであれ「一番良いもの」を取る権利がチャーリーにはあると何とはなしに思っていたんですが、ちやほやされることに慣れたチャーリーは浮気者の遊び人に成長していて、毎日をぶらぶらと過ごしています。

一族の中では未だに“プリンス”、“花形”で、いつか彼は家名を上げるようなことをするだろうと期待されていた。でも。

彼がどういうふうにそうするか、誰もはっきりは知らなかった。才気に溢れてはいたが、特にこれといった才能もなく、また何か秀でているものがあるというわけでもなかったので、大人たちは首をかしげ始めた。彼には前途洋々たる見込みや、計画があるのだが、いつになっても、はっきりした行動をすることがなかった。 (P103)

厳しくも鋭い描写。さすがオルコットさん、と唸ってしまいます。
あるよね、いるよね、と……。

いわゆる一つの「二十歳過ぎたらただの人」。
子どもの頃は何かと目立っていて、それなりに才気もあって、自分でも「大物になる」という漠然とした期待&野心はあって、でもそれをどう具体的に実現するかはさっぱりわからず、「なぁに、向こうからスカウトに来るさ」的な気分で遊んでいるうち、まわりの地味で堅実な連中の方が一歩も二歩も先へ進んでいる――。

なんか……書いてて自分に刺さるんですけど……いや、花形だったこととかないけど……ないけど……。

ともあれそんなチャーリーにまとわりつかれ、辟易しながらも「この従兄弟をまっとうな道に戻せるなら」と色々助言したりするローズ。

一方、早くもマック叔父さんの片腕として頭角を現すアーチーは、早々に「ローズの婿争い」から離脱。

っていうか「早々」どころじゃないんだよね。
ヨーロッパに行っていたのはローズだけじゃなく、フェーブも同行してた。
よるべのない孤児だったフェーブ。ローズに「養女」として遇され、生来の音楽の才能を伸ばすべくヨーロッパで研鑽を積んだ彼女もまた、美しく魅力的な娘に成長していた。

そんなフェーブにアーチーは、

九時十五分過ぎには、彼はただ彼女を魅力ある娘だと思ったに過ぎなかった。(中略)そして九時三十分ともなると、彼は我を忘れてしまい(後略) (P34)

と一目惚れ。

フェーブとは相思相愛になるんですが、しかし立ちはだかる身分の壁!

「今まで続いてきた名誉ある家名を傷つけないように、全力を尽くさなければならないんだよ。一族中の総領が孤児院出の奥さんを貰ったと言ったら、神聖なご先祖のマーゲット夫人は一体何とおっしゃるだろう!」 (P187)

普段は優しいプレンティー大叔母さんがこう言って怒っちゃう。

まぁ、「ローズも一族のものと結婚して財産を」となっちゃう“ご立派な”一族ですものね。そうでなくても――現代でも、まだまだこういうことはあるでしょう。「どこの馬の骨ともわからない」って言葉、きっと死語ではない。

このセリフの前に、プレンティー大叔母さん、「フェーブがあんな綺麗になって戻ってきて、何か問題が起こると思ってたよ。よりによってここで起こるなんて」とも言ってるんだけど。

「私たちみんなが気の毒なフェーブを上品に美しく立派に育てておきながら、そうなったからと言って、非難するなんて随分ひどいと思いますわ」 (P187)

いや、ほんまなぁ。

ローズや叔母様たちに恩義を感じてるフェーブは身を引くんだけど……。諦めないアーチーと最後はハッピーエンド。叔母様たちがフェーブとの仲を認めるきっかけの事件はちょっとご都合主義っぽかったけど、ああいうことでもないと無理ということなのかな。それだけ壁は分厚く高いと。

で。

3人の候補の最後の一人、“本の虫”マック。
実の父親にさえ「何だって、わしのあの醜いあひるの子をだって!」と言われています。
ひどい。

名付け親であるアレック叔父さんだけが一人、「自分がローズの相手を選ぶならマック」と言ってくれているんですが……そして前半から色々とフラグはあるのですが。

「理想を下げたくない」「尊敬できる相手がいい」と言っていたローズ。マックの知識、教養、周囲に流されず、“変わり者”のレッテルを貼られてもどこ吹く風で自分の道を行く姿に、最初から好感を持って、「マックといると安心する」と言っています。

前作では、本の読み過ぎで目を悪くしたマックを、ローズが献身的に看病していたりもしました。
私としても“プリンス”より“本の虫”を応援していたんですが。

チャーリーの脱落の仕方がちょっと、あんまり可哀想なんですよね。
ローズがチャーリーにほんのり愛情を感じ始め、チャーリー自身も一旦外国へ行ってお酒や遊び仲間から距離を置こうと決心した矢先……。

事故で死んでしまうんですよ。

自慢の一人息子をこんな形で亡くしてしまうクララ叔母さんの気持ちを考えると、同じ「一人息子の母」として「オルコットさんひどい!」と思わずには。

しかしそのクララ叔母さん、

でも全く悲しみに沈んでいるというのではなかった。なぜなら、彼女は自分の喪服がとてもよく似合っているということを知っていたからだった。 (P334)

ううう、どこまで人物描写が鋭いのよオルコットさん……。ショックと悲しみに襲われながらも「悲劇の母親」としての自分に確かに酔いそうではあるのだ、クララ叔母さん……。

ジェシー叔母さん(アーチー達の母)、ジェーン叔母さん(マック達の母)、クララ叔母さんと、3人それぞれの性格と“男の子の育て方”比較、たいしてページが割かれてるわけではないけど興味深かったです。

「私たち母親は、子供が生まれる前からその人生を予見して話したがるものなのですわ。そして思うように成長しないと、失望しがちなんですわ」 (P261 ジェシー叔母さんのセリフ)

ジェーン叔母さんはちょっと気難しい感じに描かれているんだけど、終盤マックが連れてきた身寄りのない赤ん坊を「うちに置くなんてとんでもない!」と忌避しながらも、去り際にはお菓子を渡したりお金を用意したり。

「うちの母は口ほど悪い人間じゃない」とマックが言ってるけど、ジェーン叔母さんってすごく「普通の人」だと思う。可哀想だと思う気持ちはあるけど「自分が引き取るのはちょっと」っていうの、ごく一般的な反応だよね。

嘘をつくからとぶったり、手を洗わなかったからといって食事抜きにしたり、「道義を教え良い習慣をつけよう」と“厳格”に育てて、でも

今や、清潔好きなスティーブは、手を洗わずに叱られたわけではないし、真実を語るマックは、嘘をついてぶたれたから今のようになったわけではなかったのだ。しかしこのような小さな矛盾は、規律正しい家庭でもよくあることなのだ。 (P262)

とオルコットさんに言われてしまう。
もう、ほんとオルコットさんったら!

チャーリーの死後、互いに「尊敬できるいとこ」以上の気持ちを感じるようになるマックとローズ。

「醜いあひるの子」扱いだったマックは終盤その才能を花開かせ、叔母さんたち含め周囲から一目置かれるようになります。
うーん、やっぱりチャーリーが可哀想だな(^^;) 何者にもなれず若くして死んで、「彼にとっては死んだ方が良かった」みたいに言われてしまうチャーリー……。

本にばかりしがみついている、ボンヤリしたマックを愛すなどということは全く不可能で馬鹿らしかったが、近ごろの才能に溢れて、燃えるような烈しさのある、高潔な心を持ったマックに驚いていたので、彼女の心は、別人のように変わった彼にぐんぐんひきつけられていった。 (P415)

ボンヤリした“本の虫”としては、「従兄弟中で最も風采の上がらない」と評されていた頃のマックを愛してほしかったですねぇ。
才能や烈しさは表に出ていなかっただけで、みんなが「あひるの子」だと思っていた頃からあったのでしょうけど、だからこそ表に出なくても見抜いてほしい……たとえみんなが認める「白鳥」にはならくても、彼女にとって彼は立派な「白鳥」だった、みたいな……。


『八人のいとこ』は村岡花子さんの翻訳でしたが、こちらは「佐川和子」さんと村岡さんの連名になっています。村岡さんの「あとがき」によると、メインで訳されたのは佐川さんの方、そしてこの「佐川和子」というのは4人の女性の合名だそうです。

お説教くさい部分やご都合っぽいところはあるものの、ローズと男の子たちの青春、楽しく読みました。


これから花開こうとしている多くのローズたちに、楽しく読まれ、多分、あちこちに書かれている指針を見つけて、役に立ててくだされば幸いです。 (オルコットさんによる序文) (P3)