『若草物語』4部作を読み、オルコットさんには他にも長編がいくつかあると知って手に取ってみました。

まずはこの『八人のいとこ』。

『第四若草物語』の巻末だったか、関連書籍の紹介があり、そこに「両親を亡くしたローズはいとこ達のもとへ」みたいな短いあらすじが書いてあったのですね。

ローズを入れて8人のいとこ。他の7人は男の子で、ローズは紅一点。続編として『花ざかりのローズ』という作品もあり、そちらでは「美しく成長したローズにいとこ達は…」みたいな記述が。

もしやこれは。

100年前の乙女ゲー?

見た目も性格も、そして年上から年下まで、よりどりみどりの男の子。さてあなたは誰を選ぶ!?

まぁとりあえずこの『八人のいとこ』ではまだ、そういう話にはならないのですけども。

何しろローズは冒頭でまだ13歳半。男の子たちも一番上が16歳(終盤には17歳になっているような記述があった)、一番下はまだ幼児と言ってよさそうな「坊や」。

幼い頃に母を亡くし(「ローズには母はなく」と書かれているので生まれてすぐに亡くなったのかもしれない)、父も亡くなって

「今ではこの大叔母たちの家のほかに自分の住むべき所はないのだった」 (P5)

この作品の原題は「Eight Cousins or The Aunt Hill」となっていて、日本語にすれば「八人のいとこ、あるいは叔母が丘」です。

ローズが引き取られてきた「大叔母たちの家」にはプレンティー大叔母とピース大叔母という二人の老婦人が住んでいて、近隣には四人の叔母が住む家があり、亡くなった父親が「叔母が丘」と呼びならわしていたらしいのです。

しかしその父、親戚づきあいをあまりしていなかったようで、ローズは叔母様たちともその子どもであるいとこ達ともほとんど会ったことがなく、引き取られてやっと一週間、

「叔母様たちはいいとしても、何ダースと数えたいくらいのいとこたちがみんな恐ろしい男の子ばかりですもの。あたし、男の子大嫌いなのよ」 (P11)

とこぼしています。

そして自分の後見人になってくれる「アレック叔父様」のことも心配だったのですが、このもうすぐ40歳になろうとする叔父様が、すごくいい!

10代のガキより最終的には叔父様を選ぶのがいいのではないか、と思ってしまうほど(おい)。

「お父さまそっくりの声で」という記述があったりするので、ローズの父親とアレックは兄弟、そしてどうもローズの母親を巡ってこの兄弟は三角関係にあったようなのです。

詳しい経緯は語られないものの、ときどき

彼をして現在の彼たらしめた、誰も露知らぬ犠牲の或る行為を考えていた。 (P122)

ドクター・アレックはいつもほかのもう一人のローズのことを誰かがいい出すと、必ずするように眉をきっと寄せた。 (P267)

などという描写がさしはさまれ、読者の「もしかして?」という想像をかき立ててくれる。

40歳目前にして独身のアレック叔父はとても素敵な男性で、引き取られてきたばかりのローズが青白い顔をして引きこもっているのを心配し、もっと外でよく遊ぶように、服もウエストを締めつけた窮屈なものではなく、もっと動きやすいものに、と気を配ってくれます。

「大嫌いな男の子たち」とも親しくなり、一緒に遊んだりするうちみるみる元気になっていくローズ。

このあたり、『秘密の花園』を少し思い出させますね。むっつりと貧相で、誰にも見向きもされなかった醜い女の子が、自然の中で体を動かすことを知り、せっせと花の世話をしているうちにすっかり「年相応の可愛い女の子」になっていく。

叔母様たちの一人、クララ叔母様がローズに「きちんとした社交界の娘にふさわしいドレス」を着せたがったり、それを見たプレンティー大叔母様が

「私らの頃には子供は子供らしい服装をしたものだがね」 (P229)

とこぼすシーンなど、今とおんなじだなぁ、と思います。私らの頃には男の子は半ズボン、男の子も女の子もキャラクターの絵の描いたゴム靴を履いて、すぐにどろどろにしていたのにねぇ。今の子はほんと小さな時からお洒落で……。

「物事は叔母様の時代とはすっかり変わっていますもの」 (P229)

うう、すっかり年寄りの繰り言に。

あとがきで訳者の村岡花子さんが

「八人のいとこ」は一八七六年の作だが、それは今年一九六〇年のものだといっても、誰も怪しまないであろうほどに、数十年のへだたりを乗り越えて、現在の中に生きている。 (P326)

と書かれていますが、時代は変わっても女の子が「痩せよう」「白くなろう」とするのは変わらないようだし、

もしお前たち小さな可愛い少女が真の美しさとはどんなものかを知って、体をしめつけたり、食物を減らしてやせようとしたり、あんなに白くなろうとしないなら非常な時間とお金と労力の節約になるんだよ。健康な体にやどる幸福な心は、男にとっても女にとっても一番よい美しさを作るんだよ。 (P59)

ローズがイヤリング(ピアス)の孔を開けようとしてちょっとした騒動を起こしたり、男の子たちが粋がってタバコをふかしたり……。

この中には不思議なほど、現在の我が国の少年少女たちの問題が含まれている。 (P325 あとがき)

温かく見守ってくれる親戚の叔父さん叔母さん、そしてともに過ごすことでいい影響を与えあっていくいとこ達……というところが、残念ながら今とは違うところなのでしょうけど。

今そんなに親戚多くないものね。

ローズの父とアレック叔父様が兄弟で、四人の叔母様はみんなアレックの「姉」っぽいので……6人兄弟ってことでしょう。そしてその両親(ローズにとっての祖父母)はもういないようだけど、祖父母の妹にあたるのであろう二人の大叔母様が身寄りをなくしたローズを引き取ってくれる。

叔母様たちの子どもはみな男の子ということもあり、終盤にはみんなが「ローズにうちに来て欲しい」と言ってくれるし。

もちろんこれはオルコットさんの理想で、当時も「親戚をたらい回しにされるみなしご」とか、一人で生きていくしかない子どももいくらもいたのでしょうけど。『第三若草物語』に描かれたダンやナットのように。

この私たちの不可思議な世の中では、父親らしいまた母親らしい気持ちが、しばしば独身者の叔父や叔母の胸に暖かく聡明に宿っているからである。こういう尊い人々は他の人々の子供らを育むための大自然の美しい用意であると、私はひそかに信じているのである。彼らはそうすることから大きな慰めを得るのであって、また、さもなければ得られないような多くの無邪気な愛情をも得るのである。 (P248)

アレック叔父様について語っている部分だけど、これ、オルコットさん自身の感慨なのでしょうかね。
自身は独身だったけれど、姉妹の子の面倒をよく見ていたオルコット女史。『第三若草物語』であんなに生き生きと子ども達を描き、自身の分身ジョーにその成長を見守らせた彼女の。

「こういう物語は少年に人生や仕事に対して間違った考えを与えてしまうんですよ。知らなくてもいい悪いことや下品なことを教え、(中略)一攫千金の夢を見るようになります。誰か生き生きした自然な健康な物語を書く人はないかしらと思いますよ。正しい美しい言葉づかいで真理を教え、出て来る人物も人間に共通な欠点を持っていながらも、私たちが愛さずにはいられないような性格にするのね。そういう本を誰か書きそうなものだと思いますよ」 (P221)

というジェシー叔母様の言葉も、「そういう本を私は書く」「この作品こそがそういう本」というオルコット女史の自負を見るよう。

「大きくなったらどんな仕事につこうか」と夢想するローズに、「女らしい仕事」を持ち出してくるアレック叔父様は今から見ればずいぶん古いけれど、家の中を切り盛りし、居心地良く調えておくことが「才能」であり立派な「仕事」であるという意見には改めて目を開かされます。

その「才能」を持った良いお手本はプレンティー大叔母様だ、というアレック叔父に、ローズは

「叔母様に才能があるの?」 ローズは信じられないもののように問い返した。というのはこの大叔母様こそ、叔母様たちの中で一番教養がないと思っていたからである。 (P202)

という反応を返す。
「家事なんて」と主婦がその仕事を蔑んでいてはいけないよね(ううっ、でも掃除も片づけも嫌い)。

ローズといとこたち、そして叔母様叔父様たちの上に、そう大きな事件が起こるわけでもなく、けれども着実に子どもたちは成長し、互いに影響を与え合ってそれぞれの「良い部分」を伸ばしていく。

なんてことないお話だけど、楽しくページを繰っていけました。

そしてこのお話のヒロインはもう一人。

大叔母様の家で働く小間使いの少女フェーブ。彼女もまた身寄りがなく、最近になってこの屋敷で働き始めた。
同じ身寄りがないのでも、ローズは立派な後見人と親戚たちを持った「お嬢さま」であり、フェーブは自分で働いて食べていかなければならない身。

彼女との交流もローズに大いに影響を与えるし、フェーブというもう一人の孤児を登場させることで全体の奥行きが広がっている気がします。


さて、続編『花ざかりのローズ』でローズが選ぶのは……?


【2020/02/19追記】

2019年12月に青い鳥文庫から新訳本が出たようで、実に今どきな、「乙女ゲー」ちっくな表紙イラストになってますね!
内容紹介も「さいごにローズが選ぶのはだれ?あなたならだれを選ぶ?」って煽ってて苦笑。
でもだれを選ぶかは続編にならないとわからないんだけど、続編の分まで訳されてるんでしょうか? ちょっと図書館で見てみようかな。