
以前――もう半年以上前にご紹介した『創元SF文庫総解説』で存在を知り、読みたいリストに入れていた本です。
なぜこれを読みたかったかというと、それはこの裏表紙のあらすじを読んでいただければわかるかと。

「殺人願望を抱く潜在的殺人者は事前に強制排除される」「そして刑事たちはかつての潜在犯である」――ちょ、これ『PSYCHO-PASS』!!!!!
この完全版は『PSYCHO-PASS』以後、2014年に刊行されているので、巻末の日下三蔵さんによる「編者解説」にも『PSYCHO-PASS』への言及があります。アニメを見た時、日下さんは逆に「なんだ、これ、未来警察殺人課じゃないか!」と思ったのだとか。
『PSYCHO-PASS』のストーリー原案を手がけた虚淵さんの祖父は探偵作家の大坪砂男さんで、この『未来警察殺人課』の著者である都筑さんとは師弟といっていい間柄だったのだそう。虚淵さんが本書を読んでいたかどうかはともかく、30年以上前にすでにこんな設定を思いついていた都筑さんすごい。
『未来警察殺人課』の1作目が書かれたのは1976年(昭和51年)。1978年までの2年間に『別冊問題小説』『奇想天外』といった雑誌に7作が掲載され、その後1983年(昭和58年)から1985年にかけて、『SFアドベンチャー』誌に8作が掲載されました。懐かしいですねぇ、『SFアドベンチャー』……。
本書はその全15作と徳間書店版あとがきなどを含んだ『完全版』。短編集ということで隙間時間にも読みやすく、毎話のアイディアも秀逸で、面白かったです。主人公が毎回美女とねんごろになるところに時代を感じましたけども(笑)。
主人公の星野は東京三課の刑事。裏表紙のあらすじのとおり、三課は「潜在犯を事前に処理する」部署で、その存在は公になっていません。表向き、星野は「画家」ということになっていて、日本を出国した潜在犯を追って、パリだのニューヨークだの、いつも世界中を飛び回っています。
とはいえ実は舞台は今のこの「地球」ではありません。人類が別の星に移住してからすでに「数十世紀がすぎた」と7作目『カジノ鷲の爪』で説明されています。
別の星なんだけど、人類は故郷と似たような地形の場所を見つけ、そこをニューヨークだのパリだの京都だのと名付け、故郷と同じように「日本語を使う人びと」「フランス語を使う人びと」というふうに分かれて住んでいた。
この設定については、巻末のあとがきやインタビューで都筑さんの考えが述べられています。
私がSFから遠ざかった理由は、未来を書くとき、そこに日本人が登場して、多くのものの名前が、英語を基にしたものになることに、素朴な抵抗が生じたためであった。 (P626)
人類が宇宙空間に進出するような未来に、「日本」や「日本語」が存続しているのか? その時代の人間が、たとえば「星野」なんていう漢字の名字を名乗っているものなのか? そういうところに引っかかって、SFを書くことに抵抗を感じた、と。なるほどなぁ。『Thunderbolt Fantasy最終章』で「タニマチ」って言葉が出てきて、「サンファン世界に大相撲あるのか!」ってつい突っ込んじゃいましたもんね。SFでも異世界ファンタジーでも、現代の私たちにわかりやすいよう、物の名称その他、「翻訳」されているというのが暗黙の了解だと思ってましたが。
このシリーズでは人間にある保守性、現象はときどきに変化しても、それに与えられる名称その他には、大きな変化を許容しない保守性が、人間にはあるというところで、折りあいをつけている。 (P626)
うん、意外に人間、そういうところは変わらず、そしてやっぱり国境線を巡って争ったり、肌の色や言語の違いで相手を見くだしたりしていそうです。
で。
問題の、「殺人課」の設定です。
発達した医療機構を、完全にコントロールしているコンピューターとテレパシストによって、殺意は事前に発見される。 (P17 1作目『人間狩り』)
シビュラシステムのようなものはありませんが、「コンピューター」による管理は存在しています。そして大きな役割を担っているのがテレパシスト。人の思考を読むことのできるテレパシストたちが、出入国ゲートや日々の検診の場で市民の「不安定な心理」「殺意」に目を光らせているのです。
テレパシストはまた、事件のあった場所や、死体からも「残存思考」を読みとることができます。もちろんそれらは完璧ではなく、要注意とされた人物についてはさらに精密検査が行われ、検査を逃れて行方をくらました者たちについては三課の刑事が追跡&処分を行う仕組み。
潜在異常性格者が発見されると、たとえばおれは、衝動をはじめて実行に移そうとしたときに、逮捕された。特別な医療機関に送りこまれて、軽症ならば矯正される。(中略)特殊な才能あり、とも判定されたおかげで、おれは生きがいを見いだした。強制的に手術をされて、訓練期間に送られて、三課の刑事になったのだ。 (P17 1作目『人間狩り』)
シビュラシステムのようなものはありませんが、「コンピューター」による管理は存在しています。そして大きな役割を担っているのがテレパシスト。人の思考を読むことのできるテレパシストたちが、出入国ゲートや日々の検診の場で市民の「不安定な心理」「殺意」に目を光らせているのです。
テレパシストはまた、事件のあった場所や、死体からも「残存思考」を読みとることができます。もちろんそれらは完璧ではなく、要注意とされた人物についてはさらに精密検査が行われ、検査を逃れて行方をくらました者たちについては三課の刑事が追跡&処分を行う仕組み。
潜在異常性格者が発見されると、たとえばおれは、衝動をはじめて実行に移そうとしたときに、逮捕された。特別な医療機関に送りこまれて、軽症ならば矯正される。(中略)特殊な才能あり、とも判定されたおかげで、おれは生きがいを見いだした。強制的に手術をされて、訓練期間に送られて、三課の刑事になったのだ。 (P17 1作目『人間狩り』)
能力を見いだされ、「潜在犯が刑事になる」やつですね。手術というのは「違反があればすぐさま絶命させられるコントロールチップを埋め込まれる」ことで、星野たち三課の刑事は常に心理状態(脳波?)を監視され、任務の範疇を超えた暴力を振るった場合には、即処分されることになっています。
そして才能もなく、矯正も不可能な重症者は記憶の大半を消され、抜け殻のような存在になって、ビルや公園を無表情に掃除する人間になる。
それに比べれば「おれは生きがいを見いだした」なのですよね。
星野も、他の刑事も、嬉々として仕事に赴くし、「俺はもう3か月も“仕事”してないんだから、獲物を横取りしないでくれ」と言い合ったりします。つまりは「俺に殺させろ」と。
「血に飢えた眼をぎらぎらさせて」といった描写がされるぐらい、三課の刑事たちはヤバい。なのでシステムに対する葛藤みたいなものは全然ないんですが、それでも時には「今のやり方は間違っている、もう一度昔に戻そう」という人間が出てきます。
「昔に戻ったところでたいした違いはあるまい」と言う星野に対して、その人物は
「大ありさ。人間には破壊願望、殺人願望がある。あって不思議はない、ということになれば、多くのひとが、救われる」 (P478)
「わけもわからずに、きみたちに始末されていた人びとが、すくなくとも、自分の欲望を納得して、それを実行に移してから、死ねるじゃないか。(中略)うわべだけ、取りつくろったいまの制度より、よっぽど健全だとは、思わないかね」 (P478)
と答えます。
「殺人などないことになっている」「そのために公権力が秘密裡に人を殺している」状況への疑問はちゃんと提起されているんですよね。
最終作である『赤い闘牛士』には、「殺人を実行するために自らをサイボーグ化した男」が登場します。「定期検診を逃れるただ一つの方法は死ぬことだけ」だから。
精神状態を生涯監視&管理され続ける「平穏な」社会。果たしてそれは幸福な社会なのかどうか――。
巻末インタビューの、都筑さんのこんな言葉も印象的でした。
今ほどあらゆるものに比べて小説が安い時代ってないですよ。こんな安いもの、なぜもっと読んでくれないのか(笑)。小説を読むっていうのは、いちばん安あがりで、たちまち世界旅行ができて、世界中の人間と知り合いになれる方法なのね。(中略)他の人間の眼を通して物を見ることがないと、個人というものは発達していかないでしょう。 (P616-617)
1984年12月の『SFアドベンチャー』誌に掲載されたインタビュー。当時は文庫本も本当にリーズナブルでねぇ……でもそれでも「なぜもっと読んでくれないのか」だったんですよね。
今や文庫でも普通に1,000円超えたりして、この『完全版』自体「1,300円+税」だったりするんですが。
創元SF文庫に入っている他の2冊も読んでみたくなりました。
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