ええ、タイトルの『キャッツ・アイ』に惹かれて。
もちろん中身は「見ぃつめるキャッツアイ♪」とはまったく関係ありません。オースティン・フリーマンという著者名にも聞き覚えがなかったのですが、裏表紙を見ると「ソーンダイク博士」の名が。
ソーンダイク博士!かの有名な!!!
シャーロック・ホームズと人気を競った英国古典ミステリの名探偵。お名前はかねがねかねがね。
しかし例によって例のごとくこれまで作品を読んだことはたぶんなく(もしかしたら子どもの頃にアンソロジーに入ってたのとか読んでるかもしれないけど)。
新訳っぽかったし、いい機会と思って借りてみました。
橋本さんが続いたので(デーモン閣下のも読んだけど)ちょっと毛色の違う“小説”を読みたいという欲求もありました。

(中に帯が挟まってたので帯付けて書影撮ってみた。「英国黄金時代ミステリの名作」!)
1923年(大正12年)の作品です。およそ100年前。
ライバルとされたホームズの最初の作品『緋色の研究』は1887年の発表で、ソーンダイク博士の最初の登場作品は1907年発表だそう。
(ちなみにアメリカ黄金時代の名探偵、我が友エラリー・クイーンの初登場は1929年)
この『キャッツ・アイ』は長編6作目で、訳者さんのあとがきによると
「全長編の中で最も複雑なプロット」
「全ソーンダイク物の中でも、最も内容豊かでベストの作品」
と評されているそうです。
うん、面白かった。
訳が新しいこともあってか、大変読みやすかったですね。
ホームズと違ってソーンダイク博士自身に強烈な個性があるわけじゃないけど(Wikiにも「名探偵としてはめずらしくこれといった奇癖がない」などと書かれてる(^^;))、殺人事件の謎と相続財産の謎がうまく絡み合い、どんどんページを繰っていけました。
語り手は、ソーンダイク博士の隣人で仕事仲間の弁護士、アンスティ。ある夜、彼は悲鳴を聞きつけて若い女性ウィニフレッドを助けます。
暴漢に襲われ怪我をしていた彼女を近くの屋敷に運び込むと、そこの主人が殺されていて――。
実はウィニフレッドはもともとその屋敷を訪れていたんですよね。
宝石のコレクションを見せてもらうため部屋に案内され、主人は少し席をはずした。そうしたら怒声とともに銃声が聞こえ、主人はいきなり殺され、ウィニフレッドは犯人とおぼしき逃げる男を追いかけて格闘、ナイフで刺されて怪我をした。
ウィニフレッド、すごい勇敢だよね。
そんな状況で、パニックも起こさず犯人を取り押さえようとするなんて。
しかも美人で魅力的な女性。アンスティはすっかり彼女に心を奪われてしまいます。
で。
実は殺された屋敷の主人の弟ドレイトン氏はアンスティやソーンダイク博士と面識のある弁護士。彼の依頼でソーンダイク博士は警察とは別に事件の捜査をすることになります。
ソーンダイク博士は法医学者なんですけど……シリーズを順に読んでいるわけではないので、立ち位置が今ひとつよくわかりません。
警察ではなく法廷に――裁判所に属する法医学者なのかな? 登場人物一覧のところにアンスティは「法廷弁護士」と書かれているし、弁護士と組んで事件の証拠を分析する医学者なのかもしれません。
すでに探偵としての手腕は有名らしく、ドレイトン氏は「警察などくそくらえだ!」「ソーンダイクの助けが要るのだ」(P36)と言っています。
被害者の弟権限で警察に「ソーンダイク博士に死体を検分させろ」と言っちゃうし。
古き良きミステリはこういうところがいいですよね。
いくら裁判所や検察の人間でも、今ではそう簡単に警察の現場検証にちょっかいを出せたりしないと思いますが。
アンスティときたら「警察が来てかっさらう前に手がかりを」と勝手に指紋のついたガラス片を持ち出したりしてますし。
そんなの証拠として提出できるのか???
あ、その箇所読み返したらアンスティがソーンダイク博士のことを「法医学の最高権威で、今日最も優れた刑事弁護士」(P17)と呼んでいます。
そーか、弁護士でもあるのか。医学と法律、両方修めてるとかすごい。
タイトルの「キャッツ・アイ」は事件によって盗まれたキャッツ・アイのペンダントから来ています。実はそのペンダント、ウィニフレッドの財産相続に関わるものかもしれないのです。そのペンダントを持つ者が土地の所有者であると信じられていた伝説のペンダント、行方がわからなくなっていたのですが、殺されたドレイトン氏(兄)のコレクションの中にそれがあるのではないか、と確認に来たところ、ウィニフレッドは事件に巻き込まれてしまったのでした。
最初は無関係と思われた殺人事件と財産相続の問題が実は――って、読者には最初から「そりゃ関係あるでしょ」と思えるんですけどね。
犯人の“当たり”も早々につくので、あとはソーンダイク博士が証拠を揃えていってくれるのを楽しむだけです(笑)。
なんせ100年前ですから、証拠を写真に撮るだけでも大変。博士が携帯用のカメラを持っているの、当時としては非常に画期的で、最先端だったはず。
「このレンズは近距離撮影用に特別にこしらえたもので、これだと署名を現物と同じ大きさで撮影できます」と、巻き尺をテーブルに置き、カメラを刻み目盛で調節し、遮光板を差し込むと、懐中時計を見ながらシャッターを開いた。 (P88)
今やスマホで誰でも写真を撮り放題、しかもシャッター切ったら即撮影、即画面で画像を確かめられますが、「露光にそれほど時間はかからないでしょう」というセリフがある通り、しばらくシャッター開きっぱなしで露光しなきゃいけない。
泥土についた犯人のものと思しき足跡も石膏でしっかり型取り。
今は“足跡”って写真撮影して終わりなんでしょうかね? そもそも舗装された場所では足跡なんてそんなに残らない気がするけど。
「保存可能な記録は貴重だよ。(中略)石膏の型なら、必要とあれば日差しの下で容易に調べられるから、明瞭に見てとることができる。(中略)だから、手元に保持しておけないものは、なんであれ石膏の型を取ることにしているのさ」 (P114)
ソーンダイク博士、キャッツアイとはまた別の、「証拠品」となりそうなマスコットをそっくりそのままコピーする、ということまでします。
実際に「コピーする」のは助手のポルトンの仕事なんですが、このポルトンという技師さんが非常に有能で、「前を向いたまま後ろを確認できるメガネ」なんてものを発明したり。
そのメガネをかけてあとをつけてくる人間の様子を観察するアンスティ。
百年前の読者にとってはこういうアイテム、すごくわくわくしただろうし、今読んでも「へぇー」と面白いです。
冒頭からきっちり殺人は起こってるし、その後もウィニフレッドが命を狙われたり、決してのんびりしたお話ではないんだけど、現代の人間から見るとやっぱりどこか“牧歌的”で、血なまぐささを感じることなく推理や冒険を楽しめました。
やっぱり古典はいいなぁ(しみじみ)。
「弁護士と科学者の違いは、弁護士は、ある特定の真理を明らかにしようとするのに対し、科学者は、利用可能な事実から導かれるものなら、どんな真理だろうと明らかにしようとするところにある」 (P106)
というソーンダイク博士の言葉は印象的だし、
「人を砒素で毒殺する者は、少なくとも自分の存命中はずっと存続する痕跡を残してしまうのさ」 (P204)
「毒殺犯はひそかに殺人を行おうとするものだし、どこまでひそかにやれるかが殺人者としての能力の試金石だよ」 (P204)
なんて話も面白い(どちらもやはりソーンダイク博士の言)。
他の作品も読んでみたくなりました。
(しかし同じ訳者さんの『オシリスの眼』は近所の図書館になかった。残念)
【関連記事】
・『オシリスの眼』/R・オースティン・フリーマン(取り寄せて読みました)
・『ダーブレイの秘密』/オースティン・フリーマン
0 Comments
コメントを投稿