
『キャッツ・アイ』が面白かったので、同じ訳者さんのソーンダイク物、県立図書館から取り寄せて読んでみました。
こちらも面白かった!
フリーマンさんすごい!!!
なんだろう、「緻密な論理の組み立て」が素晴らしいのはもちろんだけど、特に派手な展開がないにも関わらず最後まで面白く読ませる手腕、派手じゃないけど少しずつ動いていくその動きの組み立てがすごいなぁ、と。
鍵となる「奇妙な遺言書」はちょっと(だいぶ)作為的だけど、「失踪しただけで生死不明なので遺言書が執行できない」「遺産が宙ぶらりんで遺族が貧乏」ということ自体は特に奇抜なアイディアでもなく、これをこういう風に組み立てるかぁ、と感心しきり。
最後にソーンダイク博士が真犯人の前で推理を披露するところは「これぞ謎解き!」ですごくスッとするし。
実はソーンダイク博士、最初にその「失踪」の新聞記事を読んだだけで、事件のあらましをほぼ頭の中で解明しちゃってるんですよね。
法医学の講師として、ソーンダイク博士は学生たちにその失踪を報じた新聞記事を紹介します。「生存者財産権」という法的問題に関して格好の例題になる、と言うのですね。
その講義を受けていた学生バークリーが今回の語り手。
失踪から2年が経ち、医師となったバークリーが先輩医師の代診として訪れた家が件の「遺族」の家だったのです。実際には生きているか死んでいるかわからないので「遺族」という言い方はおかしいのだけど、失踪したエジプト学者ジョン・ベリンガムの弟、ゴドフリー・ベリンガムが患者だった。
そこで「奇妙な遺言書」の話を聞き、ゴドフリー家の窮状を聞くバークリー。ゴドフリーの娘ルースに好感を持った(というか一目惚れ!?)こともあり、事件に深く関わっていきます。恩師ソーンダイク博士も興味を持ち、警察とは別に調査を進めてくれるのですが……。
失踪から2年。
まぁ、死んでますよね。
最初の新聞記事のところで、ソーンダイク博士ならぬ私でも「この、最後に目撃されたってとこ怪しいよな」と思いますし。
思うけど、なんせ死亡が確定しないことには遺言書が発効しない。そして遺産を受け取る権利を持つもう一人、ゴドフリーのいとこハーストが裁判所に死亡認定を申し立てる。もちろんそのことによって自分に有利に財産分与が行われることを期待して。
時を同じくしてジョン・ベリンガムの所有地周辺からバラバラにされた人骨が見つかり、ついに遺体発見か?となるのだけれど。
今ならさっさとDNA鑑定でしょうが、何しろ時代は1911年(明治44年!)。背格好やら骨折の痕、歯の治療痕等々で判断するしかない。
ちょっとずつ発見される骨が「普通の分け方」とは違うふうにバラバラにされてるの、いかにも「法医学!」って感じで面白いし、決定的な骨が出てきたからこそ逆に「決定的にジョン・ベリンガムのものではない」っていうのもいい。「犯人はいつもやり過ぎてしまうのだ」。
柩に入ったミイラを、柩を開けることなくX線写真で調査するっていうのも、当時の読者にとっては「おーっ!」となる画期的な仕掛けだったでしょう。
エラリーと一緒でソーンダイク博士もなかなか推理を明かしてくれないんですが、それは
「パズルを完成してしまえば、完成したと教えてもらう必要はないさ」 (P286)
ということで、「君も私と同じ情報を持っているのだから、君にだってわかるはずだよ」ということなんですよね。
情報自体はエラリーよりもずっと親切に開示されてるし、「こういうことかな」と考えていたことを、最後にソーンダイク博士が整然と、バシッと証明してくれるのほんとスッとする。
Wikiに「名探偵なのに奇癖がない」と書かれているソーンダイク博士、いや、ほんと、名探偵なのに人格者(笑)。
ゴドフリー家の財政を心配して、
「法は貧困を顧慮しないから、行き詰まってしまうよ」(中略)「無一文の訴訟当事者に対する救済措置はない。資力のある者だけが法に訴える権利を有すると考えられているのさ」 (P42)
と言ったり、ルースとの恋がうまく行かず落ち込むバークリーとのやりとりでは
「こんな感傷的な悩みで煩わせるのは恥ずかしいかぎりです」
「本性に基づく主要な関心事の意義を軽く見るようでは、生物学者としても医師としても失格だよ」 (P326)
と返したり。
決して朴念仁ではなく、人間的にも「できた」人なのよねぇ。
何よりバークリーに対して「今は同じ医師」「師弟ではなく友人」というスタンスで接しているのが素敵。
ルースとバークリーとのロマンスは今読むと少々前時代的(そりゃ明治44年だし)かもしれないけど、私は全然気にならず、そこも楽しく読みました。というか、事件自体は割と淡々と進んでいく中、ルースとの恋バナがいいアクセントになっていると思います。
なので、旧訳ではいたるところでばっさりカットされていたと「訳者あとがき」に書いてあるのを見てびっくり。えええ、なんというもったいないことを。それではこの作品の持つ雰囲気がだいぶ変わってしまうのでは……。
このちくま文庫版が初の完訳だそうで、フリーマンさんの代表作とも言われるこんなに面白い作品が21世紀になるまで完訳されていなかったとは。
訳者さんありがとう。
出版社さんありがとう。
ルースとバークリーとのロマンスは今読むと少々前時代的(そりゃ明治44年だし)かもしれないけど、私は全然気にならず、そこも楽しく読みました。というか、事件自体は割と淡々と進んでいく中、ルースとの恋バナがいいアクセントになっていると思います。
なので、旧訳ではいたるところでばっさりカットされていたと「訳者あとがき」に書いてあるのを見てびっくり。えええ、なんというもったいないことを。それではこの作品の持つ雰囲気がだいぶ変わってしまうのでは……。
このちくま文庫版が初の完訳だそうで、フリーマンさんの代表作とも言われるこんなに面白い作品が21世紀になるまで完訳されていなかったとは。
訳者さんありがとう。
出版社さんありがとう。
最後、推理を披露したソーンダイク博士に対して真犯人が
「それは、あなたの見事な分析の最も興味深い特徴だよ。大いに賞賛に値するな。普通なら、動機の欠如は、いわば訴追の論拠に対する致命的な反対論拠となると思うところだろう」 (P394)
って言うとこ、読みながら「ほんそれ!」と大きくうなずいてしまいました。
現実世界でも「動機動機」って言い過ぎだと常々思っているので。人の心のうちなんか他人にはわからないし、何なら本人にもわからない。「理由」が――動機がちゃんとあったとしても、それを聞いて他人が納得するかどうかはまた別の話。「そんなことで」と思うようなささいなことで人を殺してしまう人がいる一方、大抵の人はひどい目に遭ってもそう簡単に犯罪に手を染めたりはしない。
それは何も犯罪に限ったことじゃないと思うんですよね。人間って、そんなに合理的に行動してるわけじゃないと思う。
動機という観点からでなく、「誰にそれを行うチャンスがあったか」ということのみを集まった事実から推理していくソーンダイク博士。
いいなぁ。好きだなぁ。
というわけで、もう少しソーンダイク物を読んでみたいと思っています。
【関連記事】
・『キャッツ・アイ』/R・オースティン・フリーマン
・『ダーブレイの秘密』/オースティン・フリーマン
「それは、あなたの見事な分析の最も興味深い特徴だよ。大いに賞賛に値するな。普通なら、動機の欠如は、いわば訴追の論拠に対する致命的な反対論拠となると思うところだろう」 (P394)
って言うとこ、読みながら「ほんそれ!」と大きくうなずいてしまいました。
現実世界でも「動機動機」って言い過ぎだと常々思っているので。人の心のうちなんか他人にはわからないし、何なら本人にもわからない。「理由」が――動機がちゃんとあったとしても、それを聞いて他人が納得するかどうかはまた別の話。「そんなことで」と思うようなささいなことで人を殺してしまう人がいる一方、大抵の人はひどい目に遭ってもそう簡単に犯罪に手を染めたりはしない。
それは何も犯罪に限ったことじゃないと思うんですよね。人間って、そんなに合理的に行動してるわけじゃないと思う。
動機という観点からでなく、「誰にそれを行うチャンスがあったか」ということのみを集まった事実から推理していくソーンダイク博士。
いいなぁ。好きだなぁ。
というわけで、もう少しソーンダイク物を読んでみたいと思っています。
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