『おれはやくざだ!』がけっこう面白かったので、満を持して(?)探偵マイク・ハマーシリーズを手に取りました。
永瀬正敏さん主演で『私立探偵濱マイク』(→PrimeVideoで観る)という作品が作られたり、日本でも一世を風靡したと思われるマイク・ハマー。
『もっとあぶない刑事』第14話「切り札」(1989年1月13日放送)にも「裁くのは俺たちだ!」という台詞がありますし、『大江戸捜査網』第3シリーズ第4話のサブタイトルにも「裁くのは俺だ!」と使われています。こちらの放送は1973年10月13日。ハヤカワ文庫版の刊行が1976年なので「あれ?」と思いましたが、邦訳単行本は1953年に出版されたようなので、やはりこの作品をもじって付けられたタイトルではないでしょうか。

スピレインの原著は1947年の刊行、原著タイトルは「I, THE JURY」。「jury」は「陪審、審判」という意味だそう。『おれはやくざだ!』の原題は「Me, Food!」だったし、スピレインさんはこういうタイトルが好きな人のよう。

『おれはやくざだ!』と同じくこの作品も主人公マイク・ハマーの一人称で綴られています。
ニューヨークに事務所を構える私立探偵マイク・ハマー。ある日、彼の戦友であるジャックが無惨にも腹を45口径で撃たれて殺されます。現場の様子から、ジャックはすぐには死なず、拳銃を手に取ろうと必死で床を這ったようでした。けれども拳銃の載った椅子は犯人によってじりじりと遠ざけられ……。

犯人のその残酷なやり口に憤慨したマイクは、
「君を殺した野郎は俺があげてやるぜ。(中略)君が死んだのとおなじようにヘソのすぐ下の内臓のなかに四五口径の弾をくらって死ぬんだ。そいつが誰だろうと、ジャック、俺がそいつをあげてやる」 (P11)
と誓います。

この誓いの前にマイクは
「悪人どもは一流の弁護士を抱きこんでいるんだぜ」
「殺された人間は何があったか証言することはできない」
「陪審員席におさまっている連中、誰一人わかりゃしないんだ」
 (いずれもP10)
と言っていて、「裁判なんて役に立たない」「だから俺が裁く」という理屈が一応通っています。

旧知の警官パットは「よしたほうがいい」と宥めるのですが、結局持ちつ持たれつ、互いに情報を交換しながら捜査を進めていきます。

ジャックは自宅で殺されていたのですが、前夜、彼の家ではちょっとしたパーティがあり、まずはその参加者から洗っていくことに。
暗黒街の親玉ジョージ・カレッキイ、ジョージの知人で自称大学生のハル・カインズ、美貌の精神科医シャーロット・マニング。そして双子の姉妹エスターとメエリイ。

シャーロットとはもちろんいい仲になるし、色情狂のメエリイには会うたび迫られるし、秘書のヴェルダは「百万ドルの脚」をしたお嬢さん。腕自慢のタフガイが美女とよろしくやりながら事件を解決する――これぞパルプフィクション、一世を風靡しながら今となっては絶版状態というのもちょっとわかる気が。

でもマイク、女の方から積極的に迫ってきても「ちゃんと結婚してからだ」と斥けたりして、けっこう身持ちが堅いんですよ。秘書のヴェルダに対しても「変にコナかけたりしてない。そんなことしたら家庭を持つ羽目になるだろうから」って言ってるし。
ヴェルダの方はマイクに気があるみたいなんですけどね。

事件自体もいい具合に入り組んで、同じ45口径で殺人が続いたり、同一犯かと思うとライフルマークが違ったり。

マイクが美女よりも――男女の愛よりも男同士の友情を取るところも、硬派というか、「ある種の理想の男性像」という気がします。

ちなみにマイクとジャックは、
「俺が日本兵の畜生のために危うく真二つにされようとするのを阻止したとき腕を失してしまったジャック」 (P8)
という関係で、マイクにとってジャックは「命の恩人」なのでした。その件で腕を切り落とさざるを得なかったために、復員後、刑事に戻れなかったジャック。マイクが「俺の手で仇を取る!」と熱くなるのも当たり前……と開始早々にしっかり説明がされているんですよね。
むやみに銃をぶっぱなすアクションとお色気だけの脳天気ストーリーというわけでは全然ないです。

うん、こないだの87分署シリーズ1作目『警官嫌い』よりも、こっちの方が私としては好みでした。
生賴範義さんのカバーイラストはノン・ノベルズ版アダルト・ウルフガイシリーズを思い出しますし、暴力と美女とタフガイ、アダルト・ウルフガイはスピレインと同じ系統ですよね。『狼男だよ』の初単行本は1969年、「男がピカピカのタフでいられた」時代のエンターテインメント。

巻末に訳者中田耕治さんのあとがきがついているんですが、中田さんにとってこの作品は「はじめて出版されたもの」らしく、色々と中田さんご自身の感慨が述べられています。
肝心のスピレインやマイク・ハマーについての解説はほとんどなく、正直「えーっと、あなたの話はいいのでもう少しこの作品の話を」と思ってしまいました。「解説」ではなく「あとがき」だから、まぁ、しょうがないのでしょうけど。
wikiを見ると、シリーズ中の1作『ガールハンター』が映画化された時にはスピレインさんご自身がマイク・ハマーを演じていらっしゃるのだとか。小説も書いて俳優(それも主演!)もできるとかすごい。

もう何作か、読んでみたいです。