斉藤洋さんの『アラビアン・ナイト』
シリーズ最終巻、『空飛ぶ木馬』です。

どんな話か全然知りませんでした。
その分、『アリ・ババ』や『アラジン』
以上に楽しめたかも。

タイトル通り、とある年寄りの科学者
が発明した“空飛ぶ木馬”によって
引き起こされるすったもんだのお話で、
最終的に美形の王子様(その名も
カマル・アル・アクマル、“月の中の
月”!)とこれまた絶世の美女の王女
様が結ばれます。

そんなうまい具合に王女様のところに
木馬が降りるかい、とか、
美形で各国語に堪能で頭もいい王子様
なんてムカツクじゃん、とか、
そもそも一体その木馬はどーゆー原理
で空を飛ぶんだ、とか色々ツッコミは
ありますが、降りかかる難題を持ち前
の機転でくぐり抜けていくところは
スリリングで面白い。

そう。
アラビアン・ナイトの主人公って、
みんな「機転が利く」
のよねぇ。
アリ・ババを盗賊から救うモルジアナ
ちゃんもそうだし、アラジンだって、
ただランプの魔神の力に頼っていた
わけじゃなく、どうすれば最もうまく
いくか、作戦を考えて魔神に命令して
いたんだもの。

どんなにお金があって、どんなに
素晴らしい道具があっても、
それを使いこなすだけの知恵が
なかったらダメなのよね。

併録の『アブ・キルとアブ・シル』
がまた、なかなかの佳篇。
怠け者の染物屋アブ・キルと、
正直で勤勉な床屋のアブ・シル。
ひょんなことから連れだって
旅に出て、とある街にたどり着く。

アブ・キルは、その街の染物屋
が青にしか染められないことを
知って「何色にでも染められる」
を売りに大儲け。

またアブ・シルは、その街に
公衆浴場がないと知って浴場を
作り、大繁盛する。

この辺の商売上手さというか、
「他の街では当たり前だが、
そこにはないものを見つければ
儲けられる」っていうのは
さすが交易で栄えたアラブ世界
のお話って感じ。

元の街では二人とも全然貧乏だった
のにね。

アブ・シルはアブ・キルを友達だと
思っていたけど、アブ・キルの方は
ことごとくアブ・シルを裏切り、
最後にはアブ・シルを亡き者に
しようとして逆に自分が死刑に
なってしまう。

アブ・キルはずる賢いだけの怠け者
で、「最後には真面目で正直な
人間が勝つ」というお話のようにも
見えるのだけど、なんかそれだけ
じゃない味わいがある。

人間って、人生って、こんなもの
かもしれない
、っていうような。

殺されかけたのに、アブ・シルは
アブ・キルを丁重に葬り、自分の
墓をすぐ隣に作らせ、かつて
旅立ちの日にアブ・キルが作った
歌を墓所の扉に彫り込ませる。

“それでもアブ・シルはアブ・キル
のことが好きでした”なんて書いて
あるわけじゃないし、好きとか
嫌いとかでは表せないものがあった
ろうな、とその歌を読みながら
じんと来てしまった。

良かれ悪しかれアブ・キルとの出逢い
がアブ・シルの人生を変えた。
アブ・キルは悪い奴だったけど、
単純な善悪だけで割り切れないのが
世の中ってものなんだろう。

『アラビアン・ナイト』万歳!