本
『スプーンと元素周期表』/サム・キーン
Twitterで「面白かった」というつぶやきが流れてきたので図書館で借りてみました。
『スプーンと』っていうタイトルだといまひとつよくわかりませんが、周期表にまつわるよもやま話――もっと言えば、「元素」そのものにまつわるよもやま話です。
科学者による発見の経緯、というのも多いけど、要するに「元素」って地球上のあらゆる「物質」のもとなわけで、科学者に限らず「人類との関わり」をユーモア溢れる文章で素人にも読みやすくまとめた「科学エッセイ」という感じ。
「最も簡潔な人類史への手引き」という副題の方が「スプーンと元素周期表」という本題よりもよく内容を表していると思います。
原題も「The Disappearing Spoon」だけど、スプーンの話って、ちょろっとしか出てこない。なんか、もうちょっといいタイトルがなかったのかしら…。
原注や索引まで入れて446ページとなかなか読み応えのあるボリュームですが、1章20ページ程度でまとめられているので、さくさく読めます。何より比喩がわかりやすく、かつユーモラス。
たとえば、液体ヘリウムを超低温にすると電気抵抗がすっかりなくなり、理想的な導体になることについて、
iPodをマイナス二百数十度まで冷やしてみたら、音楽をどれだけ長くどんな大音量で再生し続けても、ヘリウムで回路が冷やされている限りバッテリー残量がいつまでも一向に減らない、という状況にあたると言えば、どういうことかおわかりいただけるだろうか。 (P23)
と説明されていたり、原子が他の原子と電子を交換して結びついたりイオン化したりすることが、
すなわち、最も外側の準位(レベル)に電子が足りていない原子は、戦ったり、交換したり、施しを求めたり、同盟を組んだり解消したりするなど、必要なことはなんでもやって、しかるべき数の電子を確保するのだ。 (P25)
なんて具合に表現されていたりする。
「科学者の名前」のあとに「(なんだかな~)」って書いてあったりね。
「おまえがそれを手柄にするのはどうなの?」みたいな意味で「なんだかな~」って付け加えてあるんだけど、原書ではなんて書いてあるんだろ。
どの章も面白いけれど、「戦時の元素」と「毒の回廊――「イタイ、イタイ」」の2章が特に印象深かった。
「イタイ、イタイ」。もちろん、日本の「イタイイタイ病」の話。原子番号48番、カドミウム。
最初に病気の原因を研究発表した萩野医師について、
驚くべきことに、萩野は非難や中傷を受けている。また、イタイイタイ病の調査を目的として地元の県に医療対策委員会が設けられたとき、世界でいちばんこの病気に詳しい萩野は委員に選ばれなかった。 (P188)
と書かれています。
なんというか、暗い気持ちになりますね……。「公害」とか「薬害」とか、放射能汚染にしてもそうなんだけど、お金や権力を持ってる側の言い分を覆すのは容易ではないっていう。
Wikiによると萩野医師が鉱毒説を発表したのは1957年で、政府が公式に公害認定したのは1968年。40年以上前とはいえ、戦前でもないし、「昔だから仕方なかった」というほど昔の話でもない。
現在もイタイイタイ病認定申請が出されているくらいですから。
技術や科学が進歩しても、こういうこと(萩野医師が非難されたり対策委員に選ばれなかったようなこと)ってきっとなくならないんでしょうね……。
イタイイタイ病って私、「富山県の神通川流域」ということしか覚えていなかったんだけど、カドミウムを垂れ流した神岡鉱山は岐阜県にあって、今その鉱山は「スーパーカミオカンデ」として利用されているんですね。
スーパーカミオカンデは知ってたけど、イタイイタイ病とはまったく繋がっていませんでした。本書では、
神岡鉱山の利用法としては以前よりはるかに善良だ。 (P194)
というふうに言及されています。
「戦時の元素」の章では、砲弾の材料や毒ガスに使用される元素のことが語られ、第一次世界大戦中にドイツの軍部が化学戦のためにハーグ条約を曲解した話が出てきます。
(ハーグ条約を)政治指導者は公に(再び)破ることを渋っていた。そこで条約をどこまでも細かく読んで最終的に曲解する、という解決策がとられた。 (P107)
ホントに、いつの世もどこの国も、「上の人」がやることはおんなじって言うか。
「どこまでも細かく読んで最終的に曲解する」っていう表現がまた、巧いですよねぇ。原著が面白いのはもちろん、日本語訳もよくできててホントにすらすら読めます。
最後の方は量子力学とか不確定性原理とか出てきてちょっと難しかったけど、「理科大好き!」じゃなくても読めるんじゃないかな。「なんでこんなもの覚えなきゃならないんだよー」と周期表に手を焼いている中高生にこそお勧めしたい。
あと。
「はじめに」で、著者キーン氏が元素に興味を持つきっかけになった出来事として語られている「水銀体温計」。
あれ、うっかり壊すと中の水銀が小さな球になってコロコロ床を転がるんですけど……今そういう経験をする子どもってほとんどいないですよね。
息子ちゃんが小学生の時、授業参観で「昔の道具」みたいな感じで水銀体温計が紹介されていて、「お母さん達はよく知っていると思うよ」って先生がおっしゃったので、思わず「いや、うち、まだ現役です」って答えてしまいました。
プール授業の検温も、インフルエンザの時も、息子ちゃんはずーっと水銀体温計で測ってきましたよ。ええ。
世の中そんなに電子体温計になっているんですか。
うちも、赤ちゃん用の電子体温計は使ったけどなぁ。
訳者あとがきには「畳部屋に敷かれた布団で寝ていたので落としても割れることはなかった」って書かれてあって、「え?」と思いました。
熱出して寝てる時じゃなくても体温測るよね? 落とすだけじゃなくて「上がった水銀を下げようとして振り回して」机の角やらタンスにぶつけて割ったりするよね???
私だけ!?
水銀がコロコロ転がるの見たの、一度ではない気がする……。
今となっては貴重な経験。どんくさい私万歳(笑)。
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