カドフェルシリーズ第6弾。

“考えたら3巻目の「修道士の頭巾」からこっち、ずっと、「濡れ衣をきせられた若者」をどう救うか、って話ですよね。”と5巻の感想で書いたからかどうか、今作はちょっと趣向が違います。

誰も「濡れ衣」をきせられてはいない。

前巻からまた2か月ほど経った、12月。めでたくアラインは男児を生み落として、そしてカドフェルはブロムフィールドの小修道院から「怪我人の治療に手を貸してくれ」との依頼を受けます。

小修道院に担ぎ込まれた瀕死の修道士エルヤス。別の修道院から聖遺物を持ってブロムフィールドにやってきて、帰っていったはずが途中で何者かに襲われ、ひどい状態で戻ってきたのでした。

一方、シュルーズベリにはとある姉弟を捜してほしいという依頼も届いていました。女帝モードの軍勢に攻められたウスターからの避難民の中にいるはずの貴族の姉弟が行方不明になったと。18歳くらいの美しい姉娘アーミーナと13歳の弟イーヴ。

もちろん瀕死の修道士エルヤスとその姉弟には関わりがあって……。

弟が見つかったと思うと姉がいなくなり、姉が見つかったと思うとまた弟が……みたいな、なんか姉と弟が「君の名は」みたいにすれ違う展開。そこにブロムフィールドの周辺を暴れ回る夜盗の一群が絡んできます。

タイトルの『氷のなかの処女』というのは割と最初の方で凍りついた川で見つかる修道女のこと。もちろん凍りつく前に何者かに殺されていて、その後川に投げ入れられ、氷の棺に閉じ込められることになったのです。

アーミーナとイーヴを無事保護することができるのか、そしてこの「氷の中のおとめ」を殺したのは誰なのか。

今回もカドフェルはその足と知恵で事件解決に寄与するのですが、他の作品ほど大活躍してる印象がない。

なんか、わかりにくいというかちょっと読みにくかったです、今回。訳者さんが違うからかなぁ。3巻と同じ方の訳だけど(1,2,4,5巻は大出健さん、そして3巻とこの6巻は岡本浜江さんの訳)。やはりお話自体が「最初にばーんと殺人事件が起こって、濡れ衣をきせられた誰かがいて、しかしカドフェルは真犯人を」というわかりやすいものではないからでしょうか。

ちゃんと周辺の地図が最初についてはいるんだけど、アーミーナやイーヴの道のりを文章で把握するのはちょっと大変だし、何より見つかったと思ったらまたいなくなる展開にイライラっとしてしまいます(笑)。

アーミーナの最初の行動がその後の色々な災厄を引き起こしているのも、イラっとする。これまでカドフェルシリーズに出て来る女の子達はみんな勇敢で魅力的だったのに、この子はなぁ……。もちろん根は悪い子じゃないし、事件を通じて成長し、最後にはしっかりした娘になってるんだけど。

自分の行動を悔い、「わたしがあんなことをしなければ」と自分を責めるアーミーナに、カドフェルはこう言います。

「わらべよ、もし人間がみな現実と違うことを成しておれば、この五世紀はもちろんすっかり違うものになっておったろう。だがそのほうがよかったと言えようか?もしもと考えても益はない。いま立っておるところから歩みつづけるしかなく、わがうちにある悪の心は償い、よき心は神に委ねればよいのだ」 (P154-P155)

うーむ、深い。

そうなんだよね、とは思うんだけど。

でもやっぱり、若くして氷の棺に入ることになってしまった修道女ヒラリアのことを思うと。キリスト者であるカドフェルは「彼女は神のみもとにいるのだから」と言うけど。

「でもあのヒラリアは何をしたというのでしょう?」と、最後にまたアーミーナは自分を責め、ヒラリアを襲った理不尽な死を嘆く。

それは永遠の疑問であって、答えのない質問でもある。なぜ罪なき者が苦しまねばならないのだろうか? (P294)

ここは「地の文」で、カドフェルの心の声、というふうに書かれています。

こういうカドフェルの――ピーターズさんの視線が、このシリーズの一番の魅力。

たぶん、人はそんな理不尽を納得するために「神」を求め、死者の魂は神のもとにあるという「説明」を考え出したのだろうけれど。

で。

この6巻の最重要テーマは実のところ事件の解決ではなく、一人の若者の登場なのですね。アーミーナの叔父の従者として、遠くシリアからやってきたオリーブ色の肌をした若者。かつてカドフェルも十字軍兵士として赴いた地から……。

ネタバレになっちゃいますけど、そう、それは実はカドフェルの息子なのです。東方で出逢い、愛した女が、カドフェルがイングランドに戻った後に生み落とした。

事件が解決し、シュルーズベリへ戻っていくカドフェル。折しももうすぐキリスト降誕祭。ヒューとアラインの息子、自分の息子……と新しい命の誕生を寿ぎ、満ち足りた思いでアーメンを唱えるカドフェルなのでした。

もしかしたらこの先また出てくるのかもしれませんね、カドフェルの格好いい息子。


というわけで最終ページはいつも通りとても温かい気分になったけど、でも、でも、ヒラリア……。可哀想すぎる……うう。


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