2014年4月15日火曜日

『宇宙の始まりと終わりはなぜ同じなのか』/ペンローズ



『宇宙が始まる前には…』が今ひとつピンと来なかったので、もう1冊同じ時期に出た宇宙本(しかも同じように「宇宙の始まり」をテーマにしている)を手に取ってみました。

この本、刊行前に茂木健一郎氏がTwitterで取り上げてらっしゃいました。なのでその時からちょっと気になってはいたのです。




原題はこのツイートにある通り「Cycles of time」。日本語にすると「時間の循環」というような意味でしょうか。

ペンローズさんのお名前は、『「相対性理論」を楽しむ本』にも出て来ました。

相対性理論やビッグバン理論で宇宙の起源を遡ると出現してしまう「特異点」。特異点ではあらゆる物理法則が成り立たないので、多くの物理学者が特異点を回避する方法(宇宙モデル)はないものか、と努力していた時、このペンローズさんと、かの有名なホーキングさんが「宇宙は必ず特異点から始まるとしか考えられない」と数学的に証明してしまったのです。

後にホーキングさんは「虚数の時間」という考え方を提案し、「特異点は回避できる」派になるのですが、ともあれペンローズさんのお名前はここで一度伺っていたのでした。

「数学的に証明」ということでわかる通り、ペンローズさんは数学者であり、理論物理学者です。そしてホーキングさんのお師匠さんに当たる方。

ということはつまり相当なお年……。1931年生まれということですから、今年で83歳。この本の原著は2010年に出たようなので、79歳の時の著作ですね。

いやはや、脳みそってちゃんと使えばいくつになってもこんなにキレッキレなんですね。すごいなぁ。

先のツイートで茂木さんが「中学生くらいから読んでほしい」っておっしゃってますけど、茂木さんの想定する“中学生”、レベル高い!

40過ぎのおばさんには全然わかりませんでした。

いや、まぁ、大きな流れというか、「つまりペンローズさんは宇宙の始まりと終わりは同じで、何度も繰り返しているという宇宙モデルを提唱していらっしゃるんだな」ってことはわかるんですけど、それってもう日本語タイトルでわかることで、タイトルの中で最も重要であるはずの「なぜ」の部分がさっぱり呑み込めない。

序文で「本書では、本文で方程式などを使用するのは極力控え、最後に補遺としてまとめた。補遺は、専門家だけが読めばよい」(P4)と書いてくださってるんですが、方程式が少なくてもそもそも用語自体がぁぁぁぁぁ、考え方そのものがぁぁぁぁぁ。

難しい。

もちろん補遺は読んでません。

読んでもわかると思えない。

ペンローズさんは「共形サイクリック宇宙論」というものを提唱していらして、「サイクリック=循環する」はいいんだけども、「共形」の部分がよくわからない。「なぜそうなるのか」という説明として「共形ダイアグラム」という図がよく出てくるんですが、これが表していることがさっぱりわからないんだもの。

言葉だけではわかりにくいところを補うのが「図」だと思うんですけど、その「図」がわからないから……。

この本を読むためにまず「共形幾何学」とやらの基礎を知っておかなきゃいけない気がします。

そして「エントロピー」の話も。

「エントロピー」についてWikipedia先生は、

エントロピー (英: entropy) は、熱力学および統計力学において定義される示量性状態量である。当初は熱力学において、断熱変化の不可逆性を表す指標として導入され、後に統計力学により、系の微視的な「乱雑さ」を表す物理量という意味付けがなされた。 更に、系から得られる情報に関係があることが指摘され、情報理論にも応用されるようになった。

と説明してくださっています。

これだけ読んでも何のことやらですが、この本で重要なのは「エントロピーの第二法則(あるいは熱力学の第二法則?)」で、

エントロピーは未来に向かってどんどん増大していく

というものです。

机の上から玉子や皿が落っこちて粉々になる。その粉々になったものが再び寄り集まって玉子や皿になるということはない。

力学的には「可逆」な変化でも、実際には「可逆」でないのはエントロピー増大の法則があるからだ、みたいな。

放っておけば、時間が進むにつれ「乱雑さ」が増していく。

それってうちの家のことですか(笑)。

第六章のタイトルが「過去と未来はどう違うのか」という大変魅力的なタイトルで、「まさにそれを知りたいぞ」と思うのですが、

この「第二法則」によれば、

われわれが「未来」と感じる時間の向きは、エントロピーが増大するような向きでなければならないというわけだ。 (P67-68)

ということになるのですね。

過去と未来では「エントロピー」が違う。

この第二法則に従うなら、宇宙の時間をどんどん遡っていくとエントロピーはどんどん小さくなっていくはずです。

でもいわゆる「ビッグバン」の頃、宇宙は熱くて小さかったとされています。本来、熱くて小さい物体のエントロピーは大きいはずで、これは第二法則に矛盾します。

この矛盾が、「共形サイクリック宇宙論」なら解消できる。

らしい。

宇宙の「始まり」と「終わり」が同じなら、どんどん増大していったエントロピーが「終わり」に達して、何らかの要因で反転し、エントロピー大の状態で「始まり」になる……??? でもそれだと「始まった」後で急激にエントロピーが減少しないといけないんじゃ?

ビッグバンには、固有の奇妙さとでも呼ぶべきものがある。ビッグバンの時点でのエントロピーは、重力に関しては、考えられるその他の状態に比べて極端に小さかったが、その他の点に関しては、最大に近かったのだ。 (P147)

一口に「エントロピー」と言っても「重力のエントロピー」「その他のエントロピー」と色々あるらしい……。「エントロピー増大の法則」っていうのはすべてのエントロピーに当てはまるのか、何種類ものエントロピーが同時に、異なる増大量で増していくのか……うーん、わかんないよぉ。

いわゆる「インフレーション宇宙論」ではビッグバンの直後に急激な膨張(インフレーション)が起こって、原初のムラ(偏り)を一様に引き伸ばした、とされています。「宇宙マイクロ波背景放射」が一様なのは、インフレーションによって「一様にされた」のだと。

しかし、

共形サイクリック宇宙論では、この「インフレーション相」をビッグバンの前に置いて、前のイーオンの未来の果てで起きた指数関数的な膨張と同一視する。 (P246)

そうです。

「イーオン」というのは、循環する時間(宇宙)の単位ですね。一つの宇宙の始まりから終わりまで。サイクリック宇宙論では始まりと終わりを繰り返すわけで、「前の宇宙の未来の果てで起きた膨張が我々の宇宙の最初の…」になると。

まぁSFではそーゆー発想普通にありだと思うけど、ペンローズさんはそれを「これこれこういう理由で、こういう数式の結果そうなる」と説明しちゃうところがすごい。

相対性理論は「時間」と「空間」を一つにしてしまったけれども、「時間」には「質量」も関わっているようで、「質量を持たない」とされる「光子」には「時間」がない。

質量のない粒子にとっては、時間の経過などなんでもないからだ。図2・22に示したように、質量のない粒子は、その内なる時計が最初の時を刻む前に永遠に到達してしまう。 (P172)

そもそも「相対性理論」は「光速はどんな観測者から見ても一定」という現象から始まっていて、「距離(空間)」÷「時間」で求められる「速度」の、「速度」の方が「不変」だとしたら伸び縮みするのは「距離」と「時間」の方だろう、という発想になってる。

光の速度に近づくにつれ時計の進み方が遅くなり、光速に達すると「時間が止まる」。時間が止まってるのに光が「動いてる」というのが凡人には想像しにくいけども、「“動き”のためには時間が流れている必要がある」というのはきっと錯覚みたいなものなんだろう。

遠い未来に、静止質量をもつ粒子がほとんどなくなってしまったとしたら、時間の経過を測定できなくなってしまう(同時に、距離の測定もできなくなる。距離の測定も、時間の測定に依存しているからだ) (P172)

素粒子物理学の標準理論によれば、原初の宇宙では素粒子の静止質量はなかったのだ。そう考えると、はるか遠い未来に静止質量が減少してゆき、最終的にゼロになると考えてもよいかもしれない。 (P180)

質量がなければ、「時間の測定」も「距離の測定」もできなくなる。

そして「質量」はヒッグス粒子とか「対称性の破れ」とかで生まれる……んだったっけ?

「時間」や「距離」が「質量」とともに生まれるってすごい面白いし、「質量ゼロ→増大→減少→またゼロ」と繰り返すがために「時間が繰り返す」っていうのはなんとなく納得できるような。

「時間が繰り返す」というか、「時間が生まれては死に生まれては死に」というか。

まさに「Cycles of time」。

でも原初の宇宙や遠い未来に「時間」が測定できない(存在しない?)なら――時間が「伸び縮みするもの」であるなら、「宇宙の年齢」ってどうなるんだろ。あくまでも地球人類が地球上で測定する時間の流れ方を基準にしたものでしかないよね。

計量体系の違う宇宙人が測定する「時間」が違う値なのはもちろんだけど、地球人類のものさしを使っても、その時々で「流れ方が違う」、一つのものさしでは測れない、になると……。

特殊相対性理論によると、事象pとqの間の時空の隔たりをものさしが正確に知らせるためには、二つの事象がものさしの静止基準系で同時に発生している必要がある。 (P110)

空間の隔たりpqを測定しようとする観測者が実際に測定しているのは、rpとpsという時間感覚なのである。 (P112)

こーゆーの本当に面白いけど、「そうなる仕組み」はよく理解できない。

「訳者あとがき」によると、「(質量ゼロの粒子しか存在しない世界では)長さや時間が意味をもたなくなり、物理的に重要なのは「角度」だけになる」「長さや時間よりも角度のほうが基本的な意味をもつであろうことは、数学や物理学を勉強していくと、自然と納得できる」(P267)ことらしい。

で、その「角度の重要性」こそが「共形」という専門用語だそうな。

うーむ、角度か……。


ほとんど理解できなくて、読もうとすると猛烈に眠くなる本(笑)だったけど、こうして感想を書いてみると意外と「だいたいわかった(by門矢士)」かも(爆)。

まぁ、読んで損した、ということはなかったです。

「わからない」も面白いし。

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