『鋼鉄都市』『はだかの太陽』『夜明けのロボット』、そして『ロボットと帝国』という一連のベイリ&ダニールもの(最後の『ロボットと帝国』ではベイリはもういませんが)を読み終わってから、早くも2年が経とうとしています。

ああ、ほんとに月日の経つの早い……。

『ロボットと帝国』のラストで、ひとりぼっちになってしまったダニール。ただ人類に危害を加えないだけでなく、人類の危機を未然に防がなければならないという「ロボット工学第零原則」を自らに課す、宇宙でただ一体の超高性能人型ロボット。

パートナー・イライジャとフレンド・ジスカルドを失ったあとも、一人生き残ったダニールの行く末について、アシモフさんの別の有名シリーズ『ファウンデーション』のうちの一冊『ファウンデーションと地球』に言及があるということで。

ようやくシリーズ1作目『銀河帝国の興亡』第1巻を読み始めました。

創元推理文庫とハヤカワ文庫と、両方から訳書が出ているのですが、創元の方を読みました。原題は「FOUNDATION」なのでハヤカワ版の邦題の方がわかりやすいというか素直かな。



まぁこちらも「銀河帝国興亡史」と付いてるんですが。

「帝国の興亡」とか言われるとこう、宇宙艦隊とか出てきて派手にドンパチやってるようなのを思い浮かべてしまうんですが、全然違うお話でした。

創元版の中表紙に書かれているあらすじはこんな感じ。
“広大な銀河系宇宙を傘下に収め、数百万の恒星と惑星を支配する大銀河帝国の威容!しかし、さしもの大帝国にも、徐々に没落と崩壊のきざしが現われていた。(中略)このとき、天才的な心理歴史学者ハリ・セルダンが出現し、帝国の崩壊を予言して、その再建の方策を不可思議な方法で遺言した……。”
「心理歴史学」という謎の学問により帝国の崩壊を予知したハリ・セルダンは、未来の人類を救うために「百科事典」の編纂を企画します。

個人は孤立しては、無力で役に立ちません。意味のない知識の断片は、伝達されることもなく、何世代か経過するうちに忘れ去られてしまうでしょう。しかしですよ、いまわれわれが、あらゆる知識の集大成を試みるなら、それは二度と失われることはない。われわれの後裔は、その知識を利用することができ、自力で再発見する必要がなくなるでしょう。三万年かかるところが一千年ですみます。 (P48)

おおお、素晴らしいですね。知識、情報、これまでの歴史の記録。失われる前にきっちりと整理保存して、伝えていかなければならない。滅亡は避けられないとしても、その「知識の集成」があれば再び立ち上がれる。

セルダンにそう提言された帝国側は、

「いま〈銀河系〉全星上に生存している千兆の人間のうちで、あと一世紀生きる者は一人もおるまい。それなのに、なぜ五世紀も先の出来事を心配しなければならんのだね?」 (P50)

と、実に「あるある」な回答をするのですが、ともかくセルダンは辺境の惑星で百科事典の編纂をすることを許されます。セルダン以下科学者たちごとごっそり移住したその星、テルミナスが「ファウンデーション」なのです。

あ、そういう言い方は正しくないのかな。テルミナスに設立された科学機関の名前が「ファウンデーション」ってことか。

セルダンが登場する第一部は50ページほど。第二部では、「ファウンデーション」設立からもう50年経っています。帝国の力は衰え、各星系では独立して他の星を従えようとする星が出てきていて、「ファウンデーション」も近隣のそういう星から圧力をかけられます。「自分たちの支配下に入れ」と。

科学者たちは「何言ってるんですか?ここは皇帝直轄の科学機関なんですよ?」と言い返すのですが。

「テルミナスは惑星ではないのです。大規模な百科事典の編集を行なっている科学機関なのです。そもそも、あなたは科学を尊重なさらんのですか?」
「百科事典じゃ戦争には勝てないよ」 (P76)

はははは。

現実主義者の若き市長ハーディンは、頭の固い(というか古い)科学者たちのとんちんかんな対応にイライラしながらも、セルダンの降臨を待ちます。「遺品館」と呼ばれるセルダンの“遺言”の扉が開くのを。

行政官としては無能な科学者たちや、「生の知識を得る必要なんかない。大家たちの手でもう調べつくされているんだから」と言う貴族を揶揄するハーディンの言葉がなかなか面白くて刺さります。

自然科学者たちが行政官として、なぜこうも無能なのだろうかと、ぼんやり考えていた。要するに、確固として動かない事実にばかり慣れていて、人間の柔軟さにはあまりにも不慣れでありすぎることが、理由なのだろうと思った。 (P80)

「終始一貫、あなたがたは権威や過去によりかかって――決して自分の力に頼ろうとしないのだ」 (P107)

そうして、ファウンデーション五十周年記念日に「遺品館」で明らかになったことは、驚くべき事実でした。

「わしもわしの同僚も、〈百科事典〉などただの一巻も出なくてもいっこう差し支えないという気持だった点で、これは欺瞞であるといえよう」 (P114)

ファッ(゚Д゚)!?

ちょ、ちょっと、待って、セルダンさん。未来の人類のために知識を伝えていくことが云々ってくだりにめっちゃうなずいて感心した私の立場は。

心理歴史学によって未来を見通すセルダンさんの真の目的は、別のところにあったのです。でもそれをすべて語ってしまうことはできない。

というのは、知識をもつと、あなたがたの行動の自由は拡大され、導入される変数が増えて、われわれの心理歴史学では扱えなくなるからだ。 (P115)

セルダンさんの敷いたレールの上を歩かされるファウンデーションの人びと。第三部は名実ともにファウンデーションのトップとなったハーディンが再び危機を回避する話。そして第四部はそれからさらに75年。

「さて、最初の危機は〈ファウンデーション〉建設五十年後に来た。第二回目は、それから三十年後だ。それ以来、七十五年ほどもたっている。もうその時期ですよ、マンリョ、その時期です」 (P245)

四部と五部はそれぞれ違う人物がファウンデーションの危機に対処します。

で、この対処方法がドンパチではなく、口八丁手八丁というか、“交渉”なのですよね。SFというよりは、政治史を読んでるみたいな感じ。

ある意味「言葉だけ」で危機を乗り越えていく様子、面白いんだけど、いくら心理歴史学がすごいと言っても、本当にこんなふうに「レールを敷く」ことって可能なのかと考えてしまう。

「それ以外には進む道がない」というところにまで追い詰めることによって、「それ」を選ばせる。でもそこには「それ」を選べるだけの頭を持った人物が必ずいなくてはいけない。もしもハーディンがいなくて「無能な科学者たち」しかいなかったら、追い詰められても降参しちゃうだけなのでは……。

そんなにうまい具合に毎回毎回「セルダンの意図」を理解し、ファウンデーションが置かれている立場もしっかり見きわめた上で、「この道しかない」と判断し、実行できる人物が「上の方」に出現しているものなんだろうか。

四部と五部では商人がその任を負います。必ずしも「上」ではない人物がファウンデーションの危機を打開する。心理歴史学はそこまで見通せるものなのか……。

あと、面白いのがファウンデーションの武器。もともとが「科学機関」であるファウンデーションには「原子力」が健在だけれども、他の星々にはもうその技術を扱える人間がいない。もうこれだけでファウンデーションは「優位に立てる」んだけど、それをそのまま「武器」にするんじゃなく、「宗教」という衣をかぶせていく。

僧侶だけがその不可思議な機器を制御することができる、というふうに。

ところが第五部ではもう宗教は「時代遅れ」になりつつあり、

僧侶を抜きにした貿易! 貿易だけ! それで充分に強力なのだ。 (P336)

ということになる。宗教による世界制覇(というほどファウンデーションは大きくなってないけど)から、貿易による他国のコントロールへ。

……これ、「銀河帝国」の話じゃないですね。「地球人類の進化の話」ですよね。「神様」による統一から、「経済」による統一へ。相手の持っていない技術や製品を押し売り、それなしでは生活できないようにして実質的に支配する。

一旦衰亡した「銀河帝国(人類)」を一千年で再び立て直すというのがハリ・セルダンの企図だけど、「やり直す」とやっぱりそういうふうになるのか、みたいな。

歴史を通じて、独裁者は、彼らの人民の幸福を、自分たちが考える名誉とか征服とかと引換えにしてきた。しかし、物をいうのは、やはり生活における些細な事柄なのだ――そして、アスパー・アルゴは、二、三年のうちにコレル全体を襲う不況の嵐には立ち向かえないだろう。 (P339)

この『銀河帝国の興亡』が書かれたのは1951年(昭和26年)です。創元推理文庫版の初版は1968年。原子力技術が重要な鍵になっているところや、「帝国」という一つの枠組みが衰えて群雄割拠になる宇宙を再びまとめることができるか?という問題提起に“時代”を感じます。

でも、今も同じですよね。

東西冷戦という枠組みが消えて、貿易と人の流れはグローバルになって、でもだからこそ反動が起きて、「戦後秩序」という形でとりあえずはまとまっていた世界が急速に瓦解していっているように見える“今”。

もしも本当にハリ・セルダンがいたら――心理歴史学というものが本当にあったら――、どんな未来を予測し、どんな対策を取ってくれるのでしょう。


1巻目の最後には「現在、宗教が無力であるように金力もまた無力となっていよう」(P343)というセリフがあって、この先2巻3巻と続くうちに、ファウンデーションはまた「違うものを武器」に危機を乗り越えていくことが予想されます。

今、現実のこの世界ではまだ、「金」の次に来るものが登場していないと思うけれど、果たしてそれは何なのか。

セルダンならぬアシモフさんの対処法を楽しみに、続きを読もうと思います。


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『銀河帝国の興亡』第2巻/アイザック・アシモフ

『銀河帝国の興亡』第3巻/アイザック・アシモフ

『ファウンデーションの彼方へ』(銀河帝国興亡史第4巻)/アイザック・アシモフ

『ファウンデーションと地球』(銀河帝国興亡史第5巻)/アイザック・アシモフ

『ファウンデーションへの序曲』/アイザック・アシモフ

『ファウンデーションの誕生』/アイザック・アシモフ