はい、ソーンダイクもの長編4作目、読み終わりました。
(これまでに読んだ作品の感想は末尾に)

さすがに今度は「若い医師がトラブルに巻き込まれた美しいヒロインに一目惚れして…」の流れではなかった!
さすがに!!!(笑)

うん、でもやっぱり、あのロマンスは作品を豊穣なものにするのに必要な気がしました。
ロマンスという「脇筋」がないと、本当に「知的な謎解き」だけになってしまう感。

長編を手に取るのも4作目となるとフリーマンさんの「傾向と対策」もわかってしまうというか、現代のミステリファンにとってみれば犯人(というか大体の真相)を推理するのは易しいでしょう。

『私の探偵ソーンダイク』の中で、「ジャービスに理解力がなさすぎる」と読者からクレームが来ると語られていましたが、ほんと、ジャービス!おまえ!!わかるだろ!!!(爆)

えー、というわけで。
今回の語り手はソーンダイク物で一番多く語り手を務めているらしい同僚(というかパートナー?)のジャービス。

でも、彼が事件を語り始める前に、「法廷弁護士アーネスト・ロックハート、語る」という第1部が置かれています。
ここで、タイトルになっているペンローズ氏の「変人ぶり」と、事件の重要な鍵となるその蒐集品、彼が通っていた骨董品店のことが紹介され、最後に「私が戻ってきた時、ペンローズは失踪していた」。

この第1部で語られている内容、ソーンダイク博士やジャービスはかなり後まで知らないので、今作では読者の方が情報量多いんですよね。
実は骨董品店にはポルトンも通ってて、ペンローズの顔も知ってるのに、そのことがなかなかソーンダイク達には伝わらないので「もう!」とイライラしてしまいます(笑)。

ペンローズ氏の失踪で遺産相続が云々、法律的にややこしい問題が生じるのでとにかく彼が生きているのか死んでいるのか、死んだならいつ死んだのか、をはっきりさせなければならない。
この辺は『オシリスの眼』と似たパターンでしょうか。

行く先も告げず出て行ったきり戻らなかったペンローズ氏。
彼には「ひき逃げ」の疑いもかかっています。
人相もわからないぐらいの怪我をして病院に運ばれた男のコートから発見された免許証。それがペンローズ氏のものだった。
けれども男は別の名を名乗り、しかもすぐに病院からいなくなってしまった。

この経緯、読者にはすぐに「これって……」とピンと来るんですが、ほんとにジャービスに理解力がなくて!(笑)

ジャービスだけでなく、ミラー警視もあんまり理解力がなく。
「知ってるくせに何も教えてくれない」とソーンダイク博士を責めます。

「こいつが根っからの秘密主義であることは百も承知だ。おそらくこいつの前世は貝だったに違いない」 (P194)

こう言われて反論するソーンダイク博士。

「正確なことはすべて話しているつもりだ。(中略)そしてちょっとでも怪しいところがあれば、それが判明しない限り何も教えることはできない。つまりミラー、私はすべてをきみに話している。でも不確定なことは教えない」 (P195)

きちんと実証されるまでは話せない。でもミラーもジャービスもまったく同じ情報を持っているんだから、推理は同じようにできるはず、と。
ソーンダイク博士は若者のロマンスにも理解のある人格者だけど、ここだけ取り出すと「なんでおまえらわかんねぇんだよ」と言ってるように思えなくもない(^^;)

ミラーは容疑者にしっかりと見張りをつけ、人を基点として問題に対処していた。一方、ソーンダイクは見えないものや容疑のかかっていない人物を観察し、そのあいだに証拠を集め、ふるいにかける。そしてとりわけ、最後の一手が決まるまで、容疑者を警戒させるようなことはしないのだ。 (P198)

というジャービスの言葉が端的です。
「人を基点にする」と、わかりやすい動機(おおむね財産)に注目しがちだけど、ソーンダイク博士は人ではなく物に――証拠に重きを置く。
そして「人を基点とする」調査は、容疑者を警戒させ、かえって捕まえにくくさせるのだと。

「財産目当て」ということについて、ソーンダイク博士はこうも言っています。

金銭を目的とした、熟慮の末の計画的な殺人というのは稀なのです。しかし相手の存在が犯人にとって脅威となるような場合は、計画と検討を重ねた殺人は頻繁に起こります。 (P289)

なるほど、と思いますね。


この『ペンローズ失踪事件』は1936年(昭和11年)の作品で、これまで読んだ中ではもっとも遅くに書かれた長編です。
原題は「The Penrose Mystery」。「ダーブレイの秘密」は確か「The D'arblay Mystery」でした。フリーマンさん、あまりタイトルにはこだわらないみたい(^^;)

で、訳者は美藤健哉さんなのですが、『私の探偵ソーンダイク』他、Kindleでフリーマン作品をいくつか出版されている美藤志州さんとはどういうご関係なのでしょう。同一人物なのか、あるいは夫婦、兄弟……。



【関連記事】
『キャッツ・アイ』/R・オースティン・フリーマン
『オシリスの眼』/R・オースティン・フリーマン
『ダーブレイの秘密』/オースティン・フリーマン
『私の探偵ソーンダイク』/R・オースティン・フリーマン