(※以下ネタバレあります。これからご覧になる方はご注意ください)


10月24日月曜日の13時公演を観てまいりました。
彩風さんの文秀、朝美さんの春児は予想通りよくはまっていたし、原作をうまく取捨選択して2時間半(フィナーレがあるので実際にはもうちょっと短い)にまとめてあって、脚本演出の原田先生の手腕に感服。

原作知らなくてももちろん楽しめると思うけど、やはり知ってる方が人物名に馴染みができててわかりやすく、事前に読んでいって良かったです。なんせ登場人物が多いし、いつもながらの2階後方席、誰が誰やら見分けがつきにくい中、名前を聞いてパッと「ああ、あいつか」とキャラクターを把握できて助かりました。

何より原田先生がどう原作を料理したのか、「ここはこう描くのか」という比較ができて楽しかったです。

人物名に関しては、日本語読みと中国語読みが混在しているのがちょっと気になりました。プログラムによると原作者浅田次郎さんからのアドバイスもあり、わかりやすさを重視して混在にしたそう。
文秀や春児は中国語読みで「ウェンシウ」「チュンル」、李鴻章や袁世凱は日本語読み。日本でもよく名が知られている歴史上の人物は日本語読みなのかな、と思うんですが、栄禄も「えいろく」、楊喜楨も「ようきてい」。一方康有為は「カンヨウウェイ」で、最初「カン君」って呼ばれた時、康有為だということがピンと来なかった…。

原作読んでる時は春児だけ「チュンル」って読んで、あとは日本語読みしてたんですよね。あ、「玲玲」は「リンリン」って読んでたかな。王逸が「ワンイー」なのはすぐわかるけど、順桂が「シュンコイ」なのは「そう読むのかぁ」と意外で、これもピンとこなかった。ずっと「じゅんけい」って読んでたからなぁ。

譚嗣同は「タンストン」
彼が玲玲にプロポーズするくだりはちゃんとあって、でも原作のように「許嫁」にはならず、玲玲は「嫌です」と断るんだけど、彼が処刑されるシーンでは「私、ちゃんと見てますから!」と最期を見届けてた。

原作と違って文秀は独身のままで、でも玲玲が文秀を慕っているというのはそんなにはっきり描かれてないんですよね。譚嗣同に「嫌です!」と言うところで、譚が「もしかしてあなたは文秀さんのことを…」みたいに言うかと思ったら言わないし。
文秀も玲玲のことを大事にしているのはわかるけど、女性として見てる感じはあんまりないまま終わるし、そもそも二人の絡みも多くはないので、朝月さんのサヨナラ公演としてはちょっと寂しかったな

原作ラストの文秀によるDVはもちろんなく、譚嗣同が袁世凱を説得に行って「愛する人にもめぐりあえた、死ぬことなど怖くはない」って言う超カッコいいシーン、譚の役を文秀が奪っちゃってて、「えーー、文秀ずるいw」と思っちゃいました。「愛する人」云々ではなく、国のため四億の民のためとか言ってた気がするけど、文秀の毅然とした美しい態度に袁世凱が嫉妬して、逆に栄禄側についちゃうっていう。

原作のままだと文秀、微妙に見せ場がないので、あそこが文秀になるの、宝塚の作劇としては正しいと思うけど、譚嗣同ファン(!)としては残念。
あの後伊藤博文との会見で、伊藤が文秀には「生きろ」と言うのに、譚にはあっさり「何も言えませんな」って引き下がっちゃうのがわかりにくくなるし、そもそもなんで譚が処刑されなくちゃいけないのかがわかりにくいような…。なぜ譚があっさり死を受け容れるのかが。

「君が死ねば玲玲さんが悲しむ。責任を取るのは私だけでいい」とか譚に言ってほしかったなぁ。尺の都合もあるだろうし、そこまで言うと逆に野暮という話もあるかもしれないけども。

彩風さんの文秀は本当にぴったりで、科挙を一番で突破した秀才でありながら四角張ったところがなく、器が大きく人当たりも良い“大人の男”で、素敵でした。派手に動く見せ場があるわけでもないのに、きちんと場の中心にいるオーラがあるんですよねぇ。さすがトップスター。三つ編みもチャイナ服も似合ってたけど、ラストのスーツ姿がまた格好良かったなぁ。帽子の使い方が色っぽくて。
声もよく出てて、歌にも磨きがかかって、トップ男役として脂がのりきってる感じですね。

朝美さんの春児は最初は「糞拾いの少年」。原作では10歳という設定だけど、これがまた朝美さんの風貌と声に合ってて、前半の「少年役」に違和感がない
西太后の前で「挑滑車」を舞ってみせるシーン、衣裳も素晴らしいし、朝美さんの立ち回りも見事。ちゃんと京劇の先生の指導が入っていて、タカラジェンヌほんとに何でもできなきゃいけなくて大変ですよね。そしてちゃんとこなせるのすごい。あそこは黒牡丹役の眞ノ宮るいさんも格好良かったです。

後半、「出世しても無欲な、神様みたいな春児」はあまり描かれませんが、その代わりに子ども時代に「財宝を手に入れて、貧しい人達に分けてあげるんだ!」みたいな台詞が追加されてました。
西太后の側近となっても驕らず、いつも笑みを絶やさない、ラストで文秀と玲玲を見送る表情にもまだあどけなさ、無垢さが感じられて、美しい春児でした。

朝月さん扮する玲玲も最初はぼろをまとった貧乏な少女。トップさんがここまでみすぼらしい格好で登場するのも珍しいのでは(^^;) ボロは着てても中身はスター、声がよく澄んで美しく、愛らしかったです。
文秀に引き取られてからは文秀よりも譚嗣同との絡みの方が多く描かれてた気がしますが、彼の服を繕ってあげたり、プロポーズされて戸惑ったり、処刑される譚にしっかり声をかけたり、おとなしく可憐だけど芯のある女性として息づいていました。

サヨナラ公演でもあり、もっと彩風さんとがっつり絡むラブストーリーを見たかったという気持ちと、それだけがトップコンビじゃないよ?という気持ちと。
ラスト、船上で身を寄せ合い、困難な未来へと出航していくお二人の姿、素敵でした。
彩風さんの抱き寄せ方がねぇ、妹以上恋人未満というか、こう、なんともいえない「間」みたいなのがあって、良かったです。

譚嗣同役は諏訪さきさんが好演。眼鏡をかけ、少しおどおどした方言まるだしの田舎者という、いわゆる「格好いい」役ではないですが、玲玲との絡みがしっかり描かれていて、なかなか美味しい役どころでした。

番手としては朝美さんに次ぐ3番手のはずの和希さんは順桂役。うーん、譚嗣同より印象が薄い…。和希さん、声が良くてお芝居もしっかりしてらっしゃるけど、順桂そんなに出番なくてもったいない。彼が西太后を暗殺しようとしたことで潮目が変わるので、話の流れ的には重要なポジションだけど……。

出番を増やすため(?)テロ決行前の葛藤を表すのに阿片窟で踊るシーンが入れられてましたが、ちょっとわかりにくかったな。順桂は阿片に手を出すような人間じゃないと思うし。

文秀、順桂と科挙の同期で、原作では「知識こそ財産」という深いテーマを体現するキャラクターだった王逸。宝塚版ではそのあたりのエピソードはばっさりカット。演じるのは一禾あおさん。えーっと、まだ研6さん? 主人公とは同期設定、李鴻章将軍に本音を尋ねるシーンなどもあって、なかなかの抜擢なのでは。王逸役もしっかりこなしていたし、新公では春児役ということで注目の若手男役さんですね。

李鴻章役は専科の凪七さん。原作では「李鴻章おじいちゃん」ですが、宝塚版ではだいぶ若返ってる。個人的にはもっと渋いイケ爺な李鴻章が見たかったけど、原作でもしゅっとした痩身の男前と書かれていたからビジュアルは凪七さんで正解なのかもしれない。
栄禄に対して「人間の力をもってしても変えられぬ宿命などあってたまるか!」と一喝するシーンもちゃんとあって良かったです。

栄禄役も専科の悠真倫さん。専科のお姉様方がたくさん出てて古参ファンとしては楽しいです。みなぎる我欲の強さ(笑)と貫禄、さすがのお芝居でした。

白太太役、専科の京三紗さん。彼女の例の予言で舞台は幕を開けます。文秀と玲玲を前に、「春児に告げた予言は嘘だった」と告白するシーン、原作では「えー!ひどい!何だよそれ!」と思った場面なんですが、京さんの見事なお芝居で再現されると思わず涙が……。京さんの語る春児の健気さ、そんな春児に言えなかった真実、そして、「決してからかったわけではない」「人間の力を信じている」という言葉。
沁みました。

後半、春児が「嘘だと知ってた」「でも白太太は夢をくれた」と言う場面もうるうるしてしまったし、京さんの白太太の説得力すごかった。

で。
今回一番楽しみにしてたのが一樹千尋お姉様の西太后だったんですが。
良かった!!!!!
やはりこのお話のヒロインは西太后
予想よりも男役そのままの声色だったけど、一樹さんの声、少し高めでよく通って、すごく格好いいんですよね。末期の清朝を一身に背負っていた女傑、周囲からは怖れられ、改革派からは憎まれる存在ということをバーンと力強く体現しながら、実は光緒帝のことを心から愛し、国の行く末を案じている繊細な部分もしっかり表現されていて。
さすがだわ~素晴らしいわ~~~~~。

少しだけど歌もあって嬉しかった。一樹さん、歌もほんと素敵なのよね、もっと歌ってほしい。

乾隆おじいちゃんの亡霊はまったく出てこないので、西太后が内心を吐露する場面はほとんどないんだけど、楊喜楨と二人で語り合うシーンが作られていて、そこで「西太后の真意」がしっかりわかるようになってました。
原作を知らずに観劇してた母も、「西太后って悪女って言われてるのに、ええ描かれ方やったなぁ」って言ってたし、原田先生の編集の仕方が巧い。

また楊喜楨役が夏美ようさんなんですよ! 往年の星組ファンとしてはたまりませんよ。一樹さんと夏美さんがあんなにがっぷり二人でお芝居してくださるなんて。

国を思う西太后の心を知り、彼女を引退させるなら自分もまた引退しようと決意する楊、しかし栄禄の謀略により、楊は暗殺され、そこから一気に歯車が狂っていってしまう。
原作では靴の中に仕込まれたサソリに噛まれて死ぬ楊喜楨、宝塚版では狙撃されて死ぬんですけど、屋外ではなく建物の中にいるっぽかったのに、唐突に銃声がしてパタリと……。ええっ、狙撃手どこにいたの、どこから撃ったの、文秀なんでまったく犯人追わないの。

文秀に後を託して息を引き取る楊、決意を新たに力強く歌い上げる文秀――というところで第一部は幕。犯人を追うより楊先生の容態を見る方が重要なのはまぁわかるけど、あそこで第一部が終わるとは思わなかったなぁ。意外だった。

ちょうど観劇した日の前夜の『鎌倉殿の13人』が和田義盛と実朝くんが「戦はやめよう」って話しあってるくだりで、当の二人は仲が良くて、互いを蹴落としたいなどとはつゆほども思っていないのに、周囲の思惑がそれを許さない、義盛の息子たちは義盛が和解していることなど知らずにいきり立っている……というお話で。

西太后と楊喜楨のシーンもおんなじだなぁ、と思って見てました。
当の二人は互いの国を思う気持ちを知り、政治的な方向は違っても互いを敬う気持ちを持っている。でも西太后の権力を利用する栄禄たちには楊喜楨一派が邪魔。楊喜楨の弟子達も、とにかく西太后がすべての元凶なのだと思っている。

せっかくトップ同士が心を通わせても、それだけではうまくいかないんだよなぁ。人間ってやつはまったく……。

考えてみれば西太后と北条政子もちょっと似てますね。どちらも権力のために実の息子まで手にかけた悪女と思われてて。

えーっとそれから、専科の重鎮汝鳥伶さん!
汝鳥さんは冒頭で酒場の親父、終盤で伊藤博文。出番は多くないけどさすがのお芝居、汝鳥さんも声が良いなぁ。発声が全然違う。

そうだ、忘れるところだった。光緒帝、縣千さん。皇帝の華やかな衣装がよく似合って、聡明だけれども周囲の思惑と時代に翻弄されるお坊ちゃんの雰囲気がよく出てました。でも縣さんにはもっと動きのある役をやってほしい気が……食い足りない感じが……。割と印象薄かったです(^^;)

登場人物の多い群像劇で、「スターを見せる」というより「ストーリーを見せる」方が強い作品なので、個々のファンの方には物足りない部分もありそう。私は一樹さん西太后だけで大満足ですけども。

フィナーレの男役ダンス、衣装も素敵で格好良かったです。
衣装は今回本当に豪華だったし、セット(舞台装置)も良かった。公演プログラムもカラースチールたっぷり、しかも珍しい縦書きで気合い入ってました。

そうそう、本編の日清戦争(甲午の役)の戦闘ダンスも見応えありました。「グランドミュージカル」と銘打たれてるけど、ミュージカルっぽい印象は正直あんまりなくて、唯一あそこが群舞の見せ場だったような。
日清戦争なのでメインで踊るのは李鴻章や袁世凱、王逸なんですが、その他大勢の兵士役のダンスもよく揃って、美しかった。

最後、グランドフィナーレで大階段を降りて来る彩風さんたち、今回は羽根なし。その代わり衣装が本当に豪華で素敵でした。格好いい~~麗しいぃぃぃ~~~。
めちゃめちゃお金かかってるなぁ、とつい下世話なことを考えてしまうほど、すべてに力の入った舞台でした。

堪能いたしました。


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