……まだ『白痴』の話です。
「読みづらかった」「面白くなかった」と言うわりには、ひっぱりますね(笑)。
だってドストエフスキーの小説って、「面白い」「面白くない」に関わらず、すごく色々考えさせられるんだもん。

お話の最後の方で、ムイシュキン公爵は令嬢アグラーヤとの縁談がなんとなくまとまりそうになって、でもアグラーヤとナスターシャの直接対決でナスターシャが勝ってしまって、結局ナスターシャと結婚することになるのよね。
アグラーヤを愛していながら、自分を必要としているナスターシャを見捨てられなくて、ナスターシャの望むままに結婚を承諾してしまう(でも式の当日、ナスターシャはまたしても逃げ出してしまうんだけど)。

それで、友人のエヴゲーニイに、「二人を同時に愛するなんておかしい」「つまりはどちらも愛してやいないんだ」というようなことを言われる。
エヴゲーニイは、「二人を同時に愛するなんてことができるのだろうか? 何か別々の二つの愛情でかな? ほう、こりゃなかなかおもしろいぞ……かわいそうなおバカさん」と思うのだけど。

そんなの全然あり得ることじゃん、と私は思ってしまった。

「二股かける」とか「浮気する」とかいうのとはまた違って、「どちらも必要である」ということはあるだろうと。
まぁ、それは確かに「二つの別々な愛情」なのかもしれない。

公爵はナスターシャを「あの人はまるっきり子どもなんですよ!」と言って、「男女の愛」というよりはむしろ、「可哀相な子どもを愛する」ような気持ちで愛しているように見える。
一方でアグラーヤに対しては、「私はアグラーヤなしでは……」という言い方をする。

ナスターシャが成熟した魅力的な美女でなく、本当に子どもだったらその二つの愛情は両立したのかもしれない。でもやっぱり、成長した時に問題が起こるかな……。っていうか、いくら「あの人は子どもなんです!」と言ったって、実際問題子どもじゃないんだから、公爵の方にまったく「性的な欲望」がなかったかどうかというのも……難しい。

だからアグラーヤは、そんな公爵が許せなくて、「私を取るか、彼女を取るか!」ということをしてしまう。
でももし公爵がナスターシャをさっさと見捨ててしまうような男なら、アグラーヤは果たして公爵に恋をしたか?という話だってある。

ナスターシャ自身も、公爵を愛しながら、一方でロゴージンをも必要としている。
ロゴージンって、ナスターシャに一目惚れして、以後ずっと彼女の僕(しもべ)みたいになっている男だけど。

公爵のもとから逃げ出したナスターシャの、いわば「受け皿」。

ナスターシャはロゴージンに甘えてると思う。
もしロゴージンがいなかったら、ナスターシャはどうしてただろう?
ロゴージンはロゴージンで、「恋敵」である公爵を憎みながらも、ナスターシャをわかりあえる「同志」のような、ねじれた友情のような気持ちも抱いている。

なんか、人間ってそういうもんだよね。

「この件には何かしら、あなたに説明できないようなものがあるんですよ。説明できる言葉がないんです」という公爵のセリフのように、人間の感情とか、行動って、そうそう簡単に説明できるような、すぱっと割り切れるようなものじゃない。

一件矛盾しているような、論理の通らないような、自分自身にもうまく説明できない混沌としたもの。
それを抱えて生きているのが人間というもの。

特に「愛」っていうのは……一体誰かが誰かを「愛している」というのは、どういうことを言うのか。

ねぇ。


あと。

イポリートっていう男の子(18歳ぐらい)が出てくるんだけど。
彼は結核を患っていて、余命いくばくもない。
いくばくもないのに、入院もしていなくって、普通に出歩いて、あちこちで咳き込んでは血を吐いている。

現代の常識から言えば、「おいおい!」って思うよね。
誰か早く医者へ連れていけよって。

彼は皮肉屋で、あまり人に好かれるタイプではなく、彼が「遺書」のようなものを一生懸命長々と朗読しても、みんな「興ざめだわ」みたいな感じで聞いてくれなかったりして。

なんか、もう数週間しか生きられないらしい男の子に、みんな冷たいなぁ、みたいな。

昔はこんなふうに、「もうちょっとしたら確実に死ぬ」ってわかってる人間が普通にうろうろと通りを歩いていて、さして同情されるでもなく、ほったらかしにされていたのかな。
「死」は当たり前に人々の間を闊歩していた。

イポリートの遺書はホントに長くて、「ええいっ、一体あと何頁続くんだ!」とイライラしてしまったけど、でも18歳で「もうすぐ死ぬ」と自身の死を受け入れなくちゃならない彼の気持ちって、考えるとせつない。
壮絶というか。

イポリートは人生の最後に公爵に会えて幸せだったろうか?

幸せって、何だろう?

公爵と出会えて――初めて「自分を理解してくれる相手」に出会えて、ナスターシャは幸せだったろうか? その後に、決してその相手と一緒にいることはできないという苦悩と、あのような死を迎えて、一体ナスターシャの人生は何だったろう?

公爵の人生は?


こういうことをたくさん考えさせてくれるから、ドストエフスキーは素晴らしいんだな。