ノイタミナで放送されたアニメ『UN-GO』。アニメの前日譚が描かれた劇場版『因果論』は残念ながら滋賀での上映がなく、大変残念に思っていました。

そしたらハヤカワ文庫からノベライズがっっっっっっ!

しかも『因果論』のさらに前日譚と言える短編『日本人街の殺人』も収録。

お買い得ですね♪

結城新十郎の過去、何より因果との出逢い、因縁を知りたいと思う身にはそれが明かされるだけでもうワクワクなんですが、いやー、アニメを離れた一つの小説、作品としてもすごい良かったよー。もう、なんか、胸いっぱいになっちゃった。

色々ヤバい作品だと思うなー、これ。

TVシリーズ見てる時も思ったけど、「戦後」という設定、これがもうヤバい。第二次大戦後ではない、未来の「戦後」。とてもあり得そうな、これから本当に起こることを見ているような……。

まずは『日本人街の殺人』。

結城新十郎と因果が日本に帰国するきっかけになった事件。

と言っても、この時はまだ「結城新十郎」ではない。ただ「探偵」と呼ばれる彼。

舞台は東南アジアのI国。インドネシアかな???

貨物船の船長波川は、「船員の中に日本人殺害事件の犯人がいる」と疑われ、出港できずにいる。友人の陳という男に「探偵」を紹介され、真犯人を突き止めるよう依頼するが……。

すでに探偵のそばには因果もいて、「事件解決の報酬」として波川の船で日本に帰国させてもらう、その、「二人がどうやって日本に帰ってきたか」を説明する話であると同時に。

「戦後」を説明するためにもこのお話が置かれているような気がする。

そもそもどんな「戦争」があったのか、世界や日本は――世界の中で日本はどういう位置になっているのか。

本編『因果論』に行く前に、その辺の世界観を確認させてくれる。

日本政府は決して「敗戦」という言葉を使わず、そもそも「戦争」という言葉すら使おうとしない。

どう言いつくろおうと、世界は日本が敗北したと見ていた。それも、明確にどこかの国家に対して、ではなく、名も無き民衆に歯が立たなかったのだ、と。 (P15)

そうして、波川はじめ日本人は外国人から「憐れみ」のようなまなざしを向けられている。

事件の被害者の妻は「別天王会」の信者だった、と『因果論』への伏線も張られ、アニメで謎解きの鍵になっていた「因果に問われると必ず答えてしまう」という例の、「質問」の正体もしっかり描かれている。

「正体」という言い方は変かな。因果に質問された時、その人間の内部でどういうことが起こっているか、という詳しい描写。

因果が口にする「ミダマ」というのが何なのかは『因果論』の方で更に詳しく語られるけど、ふうむ、なるほどという感じ。

事件の真相はなかなかにせつなくて。

行方不明の身内、やっと身元を確認したと思ったら……って、なんか、もうすぐ迎える3月11日のことも思ってしまう。

本当に守りたいものは何か。その人の心の中での「真実」と、外の世界の「事実」のズレ。

83ページという短い分量で「UN-GO」の世界へのウォーミングアップを終え、いよいよ『因果論』♪

虎山泉検事、速水刑事、そして海勝麟六とお馴染みのメンバーが勢揃い。海勝の娘・梨江もちゃんと出てきます。

日本に帰国した探偵が、泉ちゃんから「別天王会信者連続不審死事件」について依頼される「今」と、探偵と因果が出逢ったK国での「4年前」が並行して語られる。

のみならず、高校生時代の探偵の話も……。

これがまた、辛いんだなぁ。水泳でオリンピックの日本代表候補とも噂されていた一人の高校生。学内新聞に載せるために書いた彼の作文と、消された「本音」。

かなり哲学的というか、文学の素養がありすぎる高校生だなぁ、と思う文章なんだけど、書かれてあることはとても辛い。

幼い頃に親を亡くして、援助してくれた人々への「恩返し」のために泳いでいた彼。誰かのためになりたい、人の役に立ちたい、でも、本当にそんなこと思っているんだろうか、本当の自分は――。

周囲の助けで「育ててもらった」という「負い目」、だから「恩を返さなきゃいけない」という強迫観念、ある種の「呪い」。

消された文章と、清書された文章の間で揺れる、痛々しい心情。

四年前のK国で、その後の高校生が出逢った一人の女はこんな歌を歌ってる。

ああ ぼくはどうして大人になるんだろう
ああ ぼくはいつごろ大人になるんだろう


ぐわっ、ヤバい! 『少年期』なんか出された日には!!!

そう、彼女が歌っているのは古いアニメソング、劇場版ドラえもんの主題歌だった武田鉄矢さんの『少年期』。

当時高校生だったのでドラえもん映画を見に行ってはいませんが(1作も映画館で見たことはないわ、ドラえもん(笑))、『少年期』はラジオから録音してよく聞いてました。今もまだ押し入れの段ボールの中にテープ入ってるし、今回『因果論』で歌詞を見た時ちゃんとメロディーが浮かんだし。

歌詞がね、沁みるんですよ。

「どうして大人になるんだろう」……そんなことばっかり考えてるような高校生だったからなぁ。大人になんかなりたくない子どもだったから。

自分の高校生の時と、探偵の高校生時代と、クロスしてしまう。

作者の會川さんって少し年上だけど、高校生で『スラングル』の脚本書いてデビューしたって方で、うちのアニソン段ボールの中にはしっかり『スラングル』のサントラテープも…あうあう。

ホントになんかね…胸いっぱいになっちゃうよ。

K国の孤児達に『少年期』を歌って聞かせる倉田由子。戦場で歌を歌う、歌で笑顔をと願う。恵まれた日本人の綺麗事の活動、でも……。

ちょっとこの由子さんはいい人すぎて、すごく強い子すぎて、「こんなことホントにできるもんだろうか」と思ったりもする。

ただ、彼女が命を賭して探偵に遺した言葉は本当に本当にうなずけて、うるうるする。

人の心の奥底から因果が引っ張り出す「ミダマ」。つまりは「王様は裸だ!」というような、思ってはいても決して口には出さないように押し込められた「言葉」。

それは「本音」かもしれない。でも、だからって、「口に出せる建前」が、全部嘘だとも限らない。

人間の「心」は複雑で、本人にだって「本当は自分がどう思っているか」がわからない。

「心」なんていくつもある……。

一人の人間の中の複数の真実、そして「社会」の中の複数の真実。

K国での4年前の事件。探偵も関わったその事件をきっかけに、日本は「戦争」へと、「海外派兵」へと突き進んだのだった。

ボランティアをしていた若者達が反政府軍に虐殺される。それを政府が利用する。そもそも事件自体が政府の、軍部の自作自演のようなものだったとしたら……?

こんなふうに書いちゃっていいのかな、検閲されないかな、って思うほどなんか、リアリティを感じてしまう。

戦争を始めたことによって国内で反政府テロが起こり、それがまずは「通信インフラの遮断」という形で起こるというのがまたね。

それは単に携帯電話が通じなくなるというものではなく、若者を中心にコミュニケーションの大半を担っていたメールも遮断されることになり、一瞬にして人々は電子情報から隔絶された。 (P101)

次々と破壊される通信ケーブル、銀行や証券取引もダメージを受ける。あっという間に社会は大混乱。

今自分達が享受しているこの便利な生活がいかに危ういものか、改めて突きつけられる。

そして「現実にあったこと」よりも「大勢の人間にとって都合のいいこと」が「真実」として発表される、これもきっと、いくらでも現実になされていることなんだろう。

「言葉を現実にする」力を持った別天王。

「言葉」というものの「力」。「言葉」で記述されることで、心の中のもやもやしたものは「想い」として表出され、「現実」のものになる。「言葉」で記録されたことが「あったこと」であり、記録のないことは「あったかどうかわからない」。

いやはや。

好きだわ。

もう一度TVシリーズ見たくなった。特に最後の、海勝が死んだ事件。ちょっと、理解しづらい部分があったから。

新十郎と因果の関係、別天王の正体を知ってから見ると、また違うと思うんだ。

はぁ。

會川さん、素敵な物語をありがとうございました。