2014年1月17日金曜日

『ポケットに外国語を』/黒田龍之助



カドフェルシリーズをちょっと一服して、黒田龍之助センセのご本です。

黒田センセには、NHKのラジオ講座『まいにちロシア語』でお世話になっています。

ええ、何を血迷ったか、昨年4月からロシア語講座を聞いていましてですね。全然わからないくせに上級編の黒田センセの語りが楽しくて、カーチャさんの声が可愛くて、アンコール放送(黒田センセによる初級編)まで聞いてしまう始末。

引き続き中級編のアンコール放送も聞いています。

ロシア語云々よりももはや黒田センセのお声を聞くためにラジオを聞いていると言っても過言ではない(笑)。

それぐらい柔らかくて楽しい語りなのですよー。

なのできっと著作も楽しいに違いないと思い、昨秋出たこの文庫本を手に取ってみました。2007年に出た『ポケットいっぱいの外国語』という単行本を増補解題したものだそう。新聞や「これから出る本」といった冊子に掲載されたものと書き下ろしのエッセイがまとめられていて、一つ一つは短いので非常に読みやすく、あっという間に読んじゃいました。

最後に置かれた「ことばへの異常な愛情」という章を読むと、これまでの黒田センセの歩みがわかるのですが、「うわぁ、すごい」と思ってしまいました。ロシア語のために大学を渡り歩き、旧ソ連でロシア語の通訳をやり、もちろん大学でロシア語を教え、英語も教え、フランス語やセルビア語やポーランド語にチェコ語……。

一体何カ国語学んでいらっしゃるんですか!

本の冒頭は「リトアニア語のサマーコースを受講しにリトアニアへ」というお話ですし。

あ、「何カ国語」という言い方は本当は良くないですね。必ずしも言語と国家は一致しないのですから、とこの本の中で黒田センセもおっしゃっています。

ただ、じゃあ他にうまい言い方があるのかというと……思いつきませんよね。「何種類の外国語が…」という言い方でさえ「外国」と「国家」の影が。「何種類の言語を操れるのですか?」というのがフラットな言い方なのかしら。

で。

ご専門はロシア語というかスラヴ諸語の黒田センセ、英語を教えていらしたこともあり、「英語」に関するお話も多く収められいます。そしてそれがものすごく面白い。

「英語は英語で?」という一文では、

二〇一三年四月より、高校では英語を英語で教えることになったという。おやまあ、無駄なことを。 (P179)

と一刀両断。胸がすきます(笑)。

そもそもなぜ英語教育だけがこんなにもやり玉に挙げられるのか。

絵を描くのが下手でも、美術教育を非難することは少ない。料理がうまくできない理由を、家庭科の先生のせいにすることは稀だ。 (P120)

ですよねぇ。「生きる力」的には料理や裁縫がちゃんとできる方が重要だろうと思うけど、息子の小中学校を見る限り、調理実習や裁縫実習は私の頃より後退している印象。

まぁ偉い人としては「そういうことは家庭で」と思ってらっしゃるのかもしれません。でも英語に限らず数学や理科だって、小学校から12年も学ぶわりにはたいして身についてませんよね(汗)。

微積分や化学式なんか日常使わないんだからいいじゃん、という話もあるかもしれませんが、それを言うなら別に日本人全員がグローバル企業に入ってバリバリ世界を股にかけるわけでもなし。

楽しさを伝えることに対して、文部科学省は何も出来ない。(中略)結局は現場の教師による地道な努力にしか頼れない。それが教育というものである。 (P193)

だから文科省も世間も、思いつきで現場をいたずらに混乱させるようなことはやめてください、という黒田センセのお考えは、常々内田樹センセが言ってらっしゃることと同じで、深くうなずいてしまいます。

他にも色々うなずかされることが多くて、ニヤニヤしながら読んでしまいました。

そもそも、話すことだけで言語能力を判断するのはどうしてだろう?英語をペラペラと話す人より、シェークスピアを読める人の方が語学力があると思うのだが。 (P151)

結局、「金儲けのための英語」なんですよねぇ、文科省や世間が望む「英語」は。

役に立たないからこその学問じゃないのか(おい)。

科目を縦割りに見てはいけない。受験勉強にはいいかもしれないけれど、それでは世界が見えてこない。そういうことにもっと早く気づいてほしい。大学からじゃ遅い。 (P228)

若い人のために本を書いていきたいとおっしゃる黒田センセ、今後の執筆活動にも大いに期待しています。

そして4月からもロシア語講座で黒田センセのお声が聞けますように。

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