コロナ関連のツイートをたびたび参考にさせていただいている知念実希人先生。現役の医師にして小説家、二足のわらじを見事に履きこなしていらっしゃるすごい方なのですが。

現代日本の小説をほとんど読まないわたくし、このコロナ禍で先生のツイートを目にするまで全然存じ上げなくてですね(^^;)

ちょっと読んでみようと図書館に行ったら、この天久鷹央シリーズ、1巻目は貸し出し中。しょうがないのでとりあえず2巻目を借りてきました。
連作短編集ということもあり、2巻目からでも問題なく、すんなり読めました。

うん、若い人向けの「新潮文庫nex」レーベル、このキュートな表紙といい、ラノベっぽい雰囲気で、とても読みやすかったです。
でも中身は本格的。
現役医師ならではの医療知識がうまくミステリーに絡めてあって、「面白くって為になる♪」感じ。

主人公の天久鷹央(あめくたかお)は27歳の天才女医
え、この見た目(表紙イラスト)で27歳なの!?と思ってしまいますが、少なくとも日本では「22歳の医者」とか無理なので、設定上許されるギリギリの若さなのでしょう。しかしそれにしてもかわゆい。

好奇心旺盛で「謎」が大好きな彼女、その頭の中には溢れるほどの医療知識が詰まっており、症状を聞いただけでその患者がどんな病を患っているのかわかってしまうぐらい。

一方で他人の気持ちを想像するのは苦手でコミュニケーションに難があり、他人との距離感が測れないゆえ敬語も使いこなせず、二人称は常に「おまえ」。

注射等の手技も苦手で、今は父親が理事長を務める天医会総合病院の「統括診断部」の部長としてその頭脳を活かしている。

「統括診断部」というのは各科で「診断困難」とされた患者を診察し、適切な治療に繋げる部署らしいのだけど、実際に外来に回されてくるのは「扱いが難しい患者」がほとんど。そう、延々とクレームを言い立てるとか、ひたすら愚痴をこぼすとか、「病院をなんだと思ってるんだ?」系の。

そういう患者に対応するのは鷹央ではなく、部下の小鳥遊(たかなし)くん。統括診断部には部長の鷹央と小鳥遊くんしかいない。
鷹央から「小鳥先生」と呼ばれる小鳥遊くん、コミュニケーションの苦手な鷹央と周囲との間の「クッション」でもあり、見守り役でもあり、このお話の語り手でもある。

小鳥遊くんが何歳なのかは文中に出てこなかった気がするけど、外科に5年いたという記述があって、天医会総合病院に来てからはおよそ半年。30代前半ぐらいなのかな?
(※新潮社の特設サイトによると小鳥遊くんは29歳らしい。予想より若かった^^;)

ともあれ「ただの厄介な患者」は小鳥遊くん、「本当に診断が難しい患者」は鷹央が受け持つ統括診断部、外来とは別に適宜各科からの依頼にも応えています。

この2冊目の「推理カルテ」にはお話が3つ。

炭酸飲料に毒が混入された、と訴えるトラック運転手を診断する『甘い毒』
夜な夜な吸血鬼が現れて輸血用の血液パックを盗んでいく、と以前天医会に勤めていた看護士が調査を頼んでくる『吸血鬼症候群』
そして鷹央と何やら因縁のある少年が絡むせつない物語『天使の舞い降りる夜』

『甘い毒』は2014年に小説新潮に発表されたもので、他2篇とプロローグ&エピローグが書きおろし。文庫は平成27年発行となっているからえーと、2015年ですね。

『甘い毒』は昔見たNHKの「ドクターG」を思い出しました。同じ症例じゃなかったかもしれないけど、炭酸飲料を大量に飲んでどーのこーの、みたいな話あったよね。
患者の訴えを聞いて研修医が病名を推理していくあの番組、けっこう好きでよく見てたので、鷹央の「謎解き」、面白かったです。

『吸血鬼症候群』は身寄りのない慢性期の老人を入院させて金儲けをする病院、しかも「まちがった治療」を続け、それを指摘する看護士の話にも耳を傾けないヤブ院長が出て来る話。
さりげなく老人医療問題に切り込む感じがいいし、途中小鳥遊くんが「この患者の肝硬変の原因を1分以内に思いつけ、できなきゃ研修医からやり直しだ!」って脅されるところも楽しい。

やっぱり「ドクターG」思い出しちゃうなぁ。

『天使の舞い降りる夜』では、幼い患者を前に鷹央が葛藤します。なついてくれてる8歳の少年。でも彼の病状は悪化し、「空気の読めない自分」は不用意な言葉で彼を傷つけてしまうのではないか、彼のために自分ができることは……。

天才的な頭脳を持っていても、それだけで人生順風満帆になるわけじゃないんですよね。誰に対しても「おまえ」呼ばわりで偉そうに見える鷹央の「弱い面」が描かれて、それを叱咤する小鳥遊くんの「まっとうさ」も描かれて。

そして何より、人の生き死にの理不尽さが描かれてる。

「なんで健太は……八歳で死なないといけなかったんだろうな。あんなに良い子だったのに……」(中略)
「それはきっと、誰にもわからないことなんですよ。いくら鷹央先生でも答えの出せないこと」
 (P294)

事故でも病気でも、小さい子が亡くなるのは本当に……。
「悪い子だから死んでもいい」って話じゃないんだけど、でもつい「あんなに良い子が」と思ってしまう。
大人の場合は「自業自得」な病気というのもなくはないけど、不摂生をしているからといって必ず早死にするわけではなく、健康に気をつけている人が病気にならないわけでもない。事故や災害でも「あの時あそこにいた」のは偶然というかめぐりあわせというか、「なぜその人が“当事者”として選ばれたか」っていうのは、結局のところ理屈では説明できない。

人は――生き物は必ず死ななければならず、どれだけ手を尽くしても、救えない命はある。

「みんな無力ですよ。でもたぶん、医者は自分が無力であることを知らないといけないんだと思います。そうしてはじめて患者さんに真摯に向き合えるんじゃないですか」 (P294)

そういえば仮面ライダーオーズにもあったよね、手術したい女医さんの話。
天才外科医で自分の手技に絶対の自信を持ってるのに手術させてもらえなくて、「なんで私に手術させないの!」とキレてヤミーを生んじゃうんだけど、父親が倒れてその手術をすることになり、初めて「怖れ」を感じて、その「怖れ」こそが医者として必要なものなんだ、と諭されるやつ。

人は神ではない。
医者が人の命を左右できると考えるのは驕りにすぎない……。

現役のお医者さんが書いておられるだけに、いっそう重いですよね。日々自分に言い聞かせながら、ご自身も診察していらっしゃるのでしょう。


この天久鷹央シリーズ、ここまで「推理カルテ」5冊、「事件カルテ」6冊が出ているよう。コミカライズもされています。


引き続き他の巻も読んでみようと思います。