小学生の時に読んだ本を読み返そうプロジェクト第○弾!?

というほど読み返してないんですが、「こんな本を読んできた」という記事を書いた時に「そのうち図書館で借りて読みたい」と思っていたら新訳版が出ました。

「こんな本を読んできた」で紹介したのは『黒衣の花嫁』の方でしたが↓

残念ながら図書館になく。こっちも新訳とか復刊とかしないかしら。ねぇ、ハヤカワさん。

何しろ読んだのが小学生の時なので、「主人公の無実を証明できるただ一人の女がどうしても見つからない」というプロットと「面白かった!」という印象以外何も覚えていなくて(笑)、ハラハラドキドキ、新鮮な気持ちで楽しめました。

ハラハラというか、もうのっけから胃が痛くてですね。

主人公のスコット・ヘンダースンはある夜、妻マーセラと喧嘩し、苦い気分で街に飛び出します。離婚協議に応じない妻と落ち着いて話をするため、レストランに予約を入れ、劇場のチケットを二枚取ってあったのですが、妻はまったく行く気も離婚する気もない。

やけくそ的な気分で、彼は最初に目についた見知らぬ女を誘い、妻の代わりにレストランと劇場に同伴します。

いわゆる「ナンパ」ではなく、ただその夜の予定をこなすために付き合ってもらっただけなので、お互いに名乗りもせず、どこに住んでいるどんな人間かも知ることなく、二人は別れます。

そうしてスコットが家に戻ってみると、そこには見知らぬ男たちが。

「なんだよ、おまえら?」と問うスコットに、男たちはなかなか正体を明かしてくれません。勝手に人の家に入り込んでいた彼らは警察官。妻マーセラが死んでいたのです。

警察官達は詳しいことを何も教えてくれず、スコットは最初彼女が自殺したと思って嘆くのですが、実は彼女は何者かに殺されていて、警官は他ならぬスコットをその容疑者として観察していたのですね。

まさかそんなこととは思わないスコットは自分に不利なことを知らずに喋って警官の心証を悪くし、「おまえが殺したんだろ!?」と問い詰められた後は「まさか!僕はとある女とずっと一緒にいたんですよ!」と反論するのですが。

そうです。スコットは彼女の名前も住所も、何も知らないのです。

「どんな顔だった?背格好は?」

それすらほとんど覚えていません。思い出せるのはただ奇妙な形の目立つ帽子だけ。

これでは警察に信用してもらえるわけもないのですが、帰ってきたとたん誰とも知らない男たちが家にいるわ女房は死んでるわ「お前が犯人だ」と言われるわ、一度会ったきりの女の顔なんてどこかへ飛んでいっちゃっても仕方ありません。

それでも一応警察は「現場検証」的なものを行って、スコットが女と一緒に立ち寄ったレストランや劇場で目撃者を探してくれるのですが、なぜかことごとく「この男の人は見たが女は見ていない」「この人は一人だった」のオンパレード。一人だったとしても彼が最初の店に入った時刻を覚えてくれる人がいれば良かったのですが、そんな人はおらず。

哀れスコットは死刑判決を受けてしまいます。

がーん。

「サスペンスの詩人」と謳われるウィリアム・アイリッシュですが、この冒頭のスコットが追い詰められる部分だけで「なるほど」とうなずけます。もう~ホント読み進むのがつらいってば~。

「冤罪」ってこうして生み出されるんだなぁ、みたいな……。

章題は「死刑執行日の百五十日前」から始まって、どんどんとその日数が少なくなっていく。途中、「死刑執行日の八日前」「死刑執行日の七日前」は章題だけで本文がない。過ぎていく一日一日。どうしようもなく時間だけが刻まれていく――。こういう演出も見事です。

で、最初にスコットの家に捜査に来て、スコットの話を信じてくれなかった刑事バージェス。死刑判決が出たあとで、「おまえさんは実はやってないんじゃないかと思えてきたんだ」とか言いに来るんですね。

いーまーさーらー!

そんなん今さら言いに来られてもやなぁ、こちとらもう死刑囚でやなぁ、あと数ヶ月で死刑執行されてまうんやがな! そもそもあんたが最初に何も説明してくれんとこっちをパニックに陥れて女の顔忘れさせたんやがな!

……って、スコットは大阪人じゃないですが。

たとえ今さらでも「自分が間違っていた」と認めて、なんとか「幻の女」を探そうとしてくれるバージェスはとてもいい人なんですけどね、うん。なかなか、後から「もしかして…」と気付いても、もう判決も出ちゃったものを、どうにかしようなんて思わないですよ。「気付かなかったことにしよう」と蓋をしてしまう人の方がきっと多い。

バージェスはスコットの恋人キャロルおよびスコットの友人ロンバードの協力を得て、「幻の女」の正体を掴もうとします。「男は見たが女は見なかった」と証言したバーテンダーや、女がたまたまぶつかった盲目の乞食などを探しては事情を聞くのですが――。

最後の真相には「えーっ!」と思わないこともないですが、それだけ見事などんでん返しなわけで。

うん、巧いです。有名な冒頭の一文「夜は若く、彼も若かったが」を含め、文章はリリカルで粋。女性の描き方も巧くて、「ぼくにそんな値打ちはない」とうなだれるスコットに向かってキャロルが「値札はわたしがつけたんだから、値切らないで」と言うセリフには思わず心の中で「おーっ!」と言ってしまいました(笑)。

キャロル、ほんまいい子なんよねぇ。スコットのために身の危険も省みず「幻の女」探しに奔走する。あんまり危なくて読んでてハラハラするぐらい。こんないい子に「値札はわたしがつけた」と言われるぐらい「いい男」のスコット、なんだってマーセラみたいな女と結婚しちゃったんだか。

マーセラとの不毛な結婚を経たからこそ「いい男」になったってことなんでしょうか。主人公と言ってもスコットは死刑囚で何もできませんから、彼が普段どういう人間なのかはあまりわからないんですけど。

あと、これはミステリーにはよくあることというか仕方の無いことかもしれませんが、「幻の女」を探す過程で、その手がかりを持った人間が次々と死んでいくんですよね。「とうとう女の正体がわかるかも!」というところでいつも情報提供者が死んで、手がかりが途絶える。だからこそサスペンスは盛り上がるんですけど、単にスコットの恋人や友人が私的に捜査しているならまだしも、刑事であるバージェスが絡んでいるわけで、「こんなに余分に人が死んでいいのか。しかもバージェス、少なくとも一人は“ヤツも消されるかも”と思いつつ見殺しにしてるよね」と思ってしまう。

まぁ、バージェスも警察として正式に捜査してるわけじゃなく(もう裁判も終わって控訴も棄却されているんだから)個人的に調べている立場ではあるんだけど。



『黒衣の花嫁』のみならず、他の作品も読んでみたいと思いました。でも残念ながら図書館にあんまりない。

もともと私が『幻の女』と『黒衣の花嫁』を読んだのは図書館の、それも児童図書のミステリコーナーだったのに。かつてはこんなお話が児童向けにも刊行されていたのかと思うとちょっとびっくりしますが……。そんな時代に子ども時代を過ごせて、ホントにありがたかったです。