Twitterで評判が流れてきたこの本、書店でぱらぱら目次を見ると評判通り「数学」というより哲学エッセイのようだったので思い切って買ってみました(単行本を買うには“思いきり”がいるのです。金銭的にも置き場的にも)。

うん、面白かったです。

「数学」のことを語ってはいますが数式は出てこないし、とても読みやすく、分量もさほど多くないので数日で読めました。

第1章はそのまま「数学する身体」というタイトル、そしてアラン・チューリングの「人工知能」と岡潔の「情緒」が出て来ます。著者の森田さんは岡潔の生き方と思想にかなり傾倒してらっしゃるよう。

名前は聞いたことがあるものの、詳しいことはまるで知らなかった岡潔。私が説明するよりWikipediaを見てもらった方が早いですが、「多変数解析関数」を研究し、「不定域イデアル」という理論で世界的に有名になった数学者です。

今の私たちの感覚からすると、「研究者」というのは大学とか研究所とかに所属して、教鞭を執ったり企業等からお金をもらったりして研究している人、というイメージなのですが、岡潔は大学を休職し、田舎に籠もって畑仕事と数学に打ち込んでいたそうで、「そういう世捨て人みたいな天才が本当にいるのか、しかも日本に」とちょっと驚いてしまいました。

岡には妻も子もいたし、研究成果を論文にして発表していますから別に「世を捨てていた」わけではありませんが、数学に没頭するために無職を選ぶってすごいなぁと。

生活の不安がないはずはないが、岡は研究に夢中である。 (P154)

一方で岡の収入は途絶え、生活は日に日に厳しさを増す。彼は、研究の「壺中の別天地」に閉じこもることにした。 (P155)

そんな岡についていった奥さんがすごいよなぁとか思っちゃいますが。

後に岡が新聞紙上に連載したエッセイ「春宵十話」はベストセラーになったらしく、


この『数学する身体』の著者である森田さんが岡に傾倒したきっかけも「春宵十話」を含むエッセイ集『日本のこころ』を読んだことからだそう。


岡は「情緒」ということを非常に大切にしたそうで、「数学」を研究対象として客観的に見るというより「数学になる」ことで「わかろう」としたとか。

「自我」と「物質」を中心に据える現代の人間観・宇宙観ではダメで、それでは「生きる喜び」を感じられない。

自他を分断し、周囲から切り離された「私」の中から、生きる喜びが湧き出すはずもない。 (P172)

なるほどな、とは思うのですが、「情」とか「情緒」という言葉には日本独特のウェットな人間関係が連想されて、ちょっと嫌悪感を持ってしまいます(^^;) ベタベタして不合理で割り切れない人間社会と違ってスパッとしているからこそ「数学」(というか「算数」)が好きだったのになぁ。

もっとも、岡の言う「情緒」は決して人間関係の「情」だけでなく、日本人が花や風や虫の音に感じる「風情」、この世のあらゆるものに通い合うもののようですが。

で。

「数学はスパっとしているから好き」と今書きましたが。

本当にそうか?というのがこの本のテーマだったりするわけで、私には後半の岡潔の話より第一章「数学する身体」と第二章「計算する機械」の方が面白かったです。

「自然数」という言葉があるが、それは決してあらかじめどこかに「自然に」存在しているわけではない。「自然」と呼ばれるのは、もはや道具であることを意識させないほどに、それが高度に身体化されているからである。 (P14)

どこまでが問題解決をしている主体で、どこからがその環境なのかということが、判然としないまま雑じりあう。 (P35)

みたいな話。

現実世界は連続的で曖昧で、そのままだと認知しにくいからモデル化してわかりやすくしてきたわけだけど、その結果数学は「身体」をなくしてしまった。

数学の形式化、公理化は、数学から身体をそぎ落とし、物理的直観や数学者の感覚などという曖昧で頼りないものから自立させていこうとする大きな動きの帰結である。 (P85)

けれども

身体から切り離された「形式」や「物」も、それと人が親しく交わり、心通わせ合っているうちに、次第にそれ自体の「意味」や「心」を持ち始めてしまう。物と心、形式と意味は、そう簡単には切り離せないのだ。 (P112)

日本人は「物」にもすぐ魂を見ちゃうし、やたらに何でも擬人化しますもんねぇ。そいういう話ではないのかもしれないけど……。

でも後半の岡潔の「情緒」の話も含め、要するに「頭ばっかりでも体ばっかりでもダメよね、プチダノン♪(昔こーゆーCMがあったのですよ)」ということなのかな、と。

一人の人間というのは――人間の「意識」というのは、やっぱり「身体」込みのものだと思うし、身体は必ずしも「脳で考えてから動いている」わけではないらしいですから。

脳だけが考えているわけではなく――脳だけが「心」のありかではない。

……という話が「数学」とどう絡むのか、は、この『数学する身体』を読んでみてください。面白かったけどうまくまとめられないわ……。