2017年9月13日水曜日

『道程:オリヴァー・サックス自伝』/オリヴァー・サックス



先日読んだ『タングステンおじさん』の続編とも言える、オリヴァー・サックス氏の自伝です。

『タングステンおじさん』感想記事のリンクをTweetしたところ、なんと訳者の斉藤氏からリプをいただき。
さらにこの『道程』のことを教えていただきました。

化学に夢中だった少年期を終え、両親の期待通り医学への道を歩み始めたサックス氏。脳神経科医として活躍するかたわら、『妻を帽子とまちがえた男』『レナードの朝』等の優れた医学エッセイで有名になるわけですが、斉藤氏が「ワイルドな生涯」と紹介してらっしゃるように、なかなかの波瀾万丈ぶりです。

Amazonリンクの画像ではちょっとわかりにくいかもしれませんが、表紙からしてすでにワイルド。レザージャケットでバイクにまたがる青年。おおお、これがサックス氏なのか! 『タングステンおじさん』を読んでいる時は内気で繊細な、線の細い少年をイメージしていましたのに……。

「何より好きだったのはバイクだ」と、本文もバイクの話から始まるのですが、冒頭の一文

幼いころ、戦争中に疎開させられて寄宿学校にいたとき、閉じこめられている気がして無力感を覚え、動きたい、力がほしいと心から願った。 (P23)

には、なんともせつない気持ちになります。『タングステンおじさん』で描かれたつらい疎開時代。その経験とその後のいじめで兄マイケルが心を病んでしまったほどの。

自分を「ここではない場所」に連れて行ってくれる力強い相棒。サックス氏にとってバイクはそういうものだったのでしょう。でものっけから語られる「ブレーキがきかない」「赤信号で交差点に突っ込む」という危機一髪エピソードにはひやひやさせられます。

バイク乗りを快く思わないドライバーに煽られ逆に煽り返す話とか、ホントにワイルド(^^;)

しかも若い頃のサックス氏はマッチョでもあります。

カリフォルニアではフロント・スクワットで260キロを上げて「ドクター・スクワット」と仇名をつけられ、その後ニューヨークで540キロに挑戦して5回目で力尽き、ウエイトの下敷きになってもう少しで死ぬところだったとか。

「サックスはやりすぎなければ成功する」と12歳の時通知表に書かれたそうですが、ほんとに「やりすぎちゃう」感じですね。

『タングステンおじさん』でも「ナトリウムの塊を池に投げ込んで辺りを炎の海に」してたもんなー。内気だけど大胆、夢中になると突っ走っちゃう少年。

『レナードの朝』等、ベストセラーになった著書の裏話や、映画化された時のロビン・ウィリアムズとの交流についても書かれていますし、患者たちとの触れあい、「意識とは何か?」を考えさせてくれる症例や研究のお話も興味深いです。

でもやっぱり『タングステンおじさん』のすぐ後にこれを手に取った人間としては、ご家族の話に一番心が動かされる。

特にマイケルのこと。16歳で精神病院に入院したマイケルが受けた「治療」。当時はまだ「精神安定剤」が発見されていなかったらしく、

この療法では、意識を失うくらい血糖値を下げ、そのあとグルコースの点滴でもとにもどす。 (P86)

というインスリン・ショック療法が行われていたのだとか。それ、かえって体に悪いんじゃ……。「精神安定剤」が使われるようになったらなったで、副作用であるパーキンソン症候群に苦しめられたり、心が「やさしく殺されているような感じ」になったり。

以前、世界を知覚するときに持っていた鋭さと明晰さを失っていた。いまやすべてが「ぼんやり」しているように思える。「やさしく殺されているような感じだ」と彼は結論づけている。 (P90)

10歳で疎開先でつらい経験をし、その後も激しいいじめに遭い、16歳以降「統合失調症」患者として生きることを余儀なくされたマイケル。マイケルの人生って……とつい思ってしまうのですが、晩年の15年ほどは比較的穏やかに過ごしたそう。

人生の大半を人から無視されている、軽んじられていると感じて過ごしてきたマイケルが、博識の賢い高齢者という新たな地位を満喫していた。 (P386)

グアムで神経系の風土病を調査したサックス氏、患者が最後まで家族の一員・コミュニティの一員として過ごしているのを見て、

そう考えると、病気や認知症の人々を施設に入れて忘れようとする「文明」世界の医療と習慣が、いかに野蛮であるかを思い知らされる。 (P397)

と感慨を述べてらっしゃいます。
ほんとにねぇ…。でも現実に病気や認知症の人が身近にいたら自分は……。

サックス氏が同性愛者だと知って「おまえなんか生まれてこなければよかった!」と言い放つお母様。「ひどい!」と思ってしまいますが(そして『タングステンおじさん』を読んでいると「同い年の少女の死体解剖なんかさせるからやん…」とつい思ってしまいますが)、これも実際自分の子どもや兄弟にカミングアウトされたらやっぱり冷静ではいられないだろうな、と。

「同性愛は病気」と思われていた時代、特にイギリスはそういう見方が強かったそうです。イギリスに比べればずっと寛容だったアムステルダムで、サックス氏は通りすがりの男性に救われます。

泥酔して排水溝に倒れていたサックス氏をただ連れ帰って保護してくれただけでなく、アムステルダムでは同性愛は違法ではなく「病的」ともみなされていない、「泥酔して側溝に倒れる必要などない。そんな危険なことは二度とやらないでほしい」と真摯に諭してくれた男性。

いい人に出会ったなぁ、良かったなぁ。

「生まれてこなければよかった!」という一件では激しくサックス氏の心を傷つけたお母様だけれど、彼女が亡くなった後で生前の彼女の“仕事”を知って驚くくだりや、「母の死は私の人生のなかで最も衝撃的な喪失だ」とその死を深く悼む述懐には心を打たれます。

「おまえのお母さんの子ども時代を知っているのはもう私だけだ」と言っていた“タングステンおじさん”も、残念ながら数ヶ月後に亡くなってしまったのだとか。

祖母や父親が亡くなってから「実はね…」と“知らなかったこと”を告げられびっくりしたことを思い出します。世を去ったご家族のことを懐かしみ愛おしむサックス氏の優しい筆致が素敵です。

90歳を過ぎても現役の医師として往診を続けていたらしいお父様。そしてサックス氏も70歳を過ぎ、癌に冒されても診察や執筆を続け、“好きな人”を得て心豊かに過ごしておられました。

が、この本の日本語訳が準備されている途中、2015年にご逝去。この自伝が最後の著作となったのでした。

結びの言葉は

私は生涯にわたって無数の言葉を紡いできたが、書くという行為は、七〇年近く前に始めたときと同じくらい新鮮で、そして楽しい。 (P463)

という一文。
あああ、めっちゃわかります!!!!!

書くという行為は――筆が進んでいるときにはだが――ほかで得られない満足と喜びを与えてくれる。 (P463)

「筆が進んでいるときには」ね!ね!!!(笑)


斉藤さん、ご紹介ありがとうございました。手に取れてよかったです。

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