上巻『掠風竊塵』の感想記事を書いたのは2024年の11月でした。上巻読了後、続けて下巻を読み始めたはずなのに、色々あって途中でストップ、気がつけばもう半年以上経っている……あれれれれ。

幸いストーリーはもう頭の中に入りまくっているから、途中からでも問題なく読み進められましたけど、もっと早く読んでさっさと記事書いていてしかるべきでした、猛反省。

ストーリーは基本TVシリーズ1期そのままですし、

大望抱かざれば破綻なく、立志追わば無常あり。之れ世の習い也。
常道に叛く者のみが天荒を破り、歴史に足跡を刻む。 (P68)

といった格好いい地の文については上巻の感想で紹介したので、ここでは「TVより詳しくなっている部分」にのみ焦点を当てていきたいと思います。

丹翡と捲殘雲の絆の深まりが細かく描写されているのは上巻と同じ、さらに捲殘雲と狩雲霄の関係についても少し深掘りされています。特に初耳なのが狩雲霄の過去

刑亥と組んで丹翡たちから天刑劍の鍔を奪い、蔑天骸へと献上した狩雲霄。しかし刑亥の狙いが妖茶黎の復活であったことを知り、さすがに阻止しようとして、狩雲霄は刑亥に返り討ちに遭います。で、その後、刑亥に死霊術で使われる身になるのですね。刑亥ちゃんが狩雲霄の亡骸を抱き、その頬を撫でながら

「知恵の回りすぎる男は嫌いだ。愛でるならば愚鈍なくらいが丁度よいわ、なあ?」 (P346)

と言うシーン、「ですよねぇ」と思ってしまいました。知恵の回りすぎる男に散々な目に遭わされたんだもんね、あの屈辱を思いながらの台詞よね。

死霊術によって再び殘雲と対決することになる狩雲霄。その過程で刑亥は彼に、「その小僧におまえの真実を語ってやれ」とけしかけます。術で操られているので、狩雲霄は抗えない。死してなお残っている魂が多少の抵抗は見せるものの、己の非道な過去を――かつて義兄弟を手にかけたことを語りだす。そして「俺は鋭眼穿楊ではない」と。

殺無生と刑亥には「外伝」があり、捲殘雲と丹翡は最終章まで活躍、七罪塔までの道行きを共にした面々で狩雲霄だけがその来歴を明かされていなかったので、ここで満を持して、ということなのでしょうか。TVシリーズではほぼ「捲殘雲を連れてくるためだけに登場したキャラ」でしたもんね。でも狩雲霄の過去、ちょっと蛇足な感じがしないでもなかったなぁ。

「もっと早く読み終わっとけ」とは思ったものの、「外伝」を読んだ上での殺無生の最期はまた格別

勝てぬと知っていながら蔑天骸に挑み、凛様への復讐を果たせず死んでいく殺無生。「あの世で待っている」と言う無生に、「いずれはな」と答え、くずおれる無生の体を抱きとめる凛様。

しかし、掠風竊塵は骸を抱いて、秀麗ながら能面の如き表情を崩さない。
死してまで寄りかかる男を扱いかねているようにも見えた。
長身の骸の重量は侮れぬものであろうが、凜雪鴉の体幹は微塵も揺らがず、内面を覗こうとする蔑天骸の視線を彫像のように硬く弾いていた。 (P172-173)

美しく細身で煙管以上のものを振り回せそうもない一見優男な凛様の「体幹がまったくブレない」のも格好いいし、あんなにひどい目に遭わせた男を最期しっかり抱きとめ、地に倒れるままにはしないところがほんといいよねぇ。そしてその心の裡は決して窺わせない。

直後に「能面は常なる微笑みに取って代わられた」という一文があるので、いつものような微笑を浮かべていないことがなにがしかの想いを代弁してはいるんだろうけれど。

蔑天骸と凛様のあの一騎打ちももちろん楽しい。あの、「何が起こったの?」的な闘いをよく文章にできるよね。

ただ無造作に跳ね上がった一刀は花を接ぐが如く叩きつけられた勁力を地に流し、白き鴉は微動だにしない。 (P357)

あああ、凛様格好いいぃぃぃ。あの見た目でアホほど強くてしかも普段剣なんか使わない、白皙の貴公子にして悪辣詐欺師、なんて最高なキャラなんだ。あの剣鬼・殺無生を斃した蔑天骸を歯牙にもかけぬ腕前、4期のあの台詞からしてまだ全然「本気の剣」ではないのよねぇ。その凛様に最終章の最後で「死ぬか生きるかの大一番になるかと」と言わしめる殤不患……ほんと、二人とも半端ない。

蔑天骸に負け逃げ?されてぶちキレる凛様がまた可愛いし。誰も見てないのに振り乱した髪をちゃんと整えるところとかほんと良い。

そして凛様と刑亥ちゃん。凛様を見つけて

「見つけたぞ、凜雪鴉ッ! 貴様だけは楽には死なせぬ! 人間どもには想像も及ばぬ魔界の拷問の数々でたっぷりと可愛がってくれようぞ!」 (P372)

と叫ぶ刑亥ちゃん。魔界の拷問ってどんななんだろ。
答えて凛様、

「未練だぞ、刑亥。私はこの大俠殤不患どのと一緒に世界を救う大事なお役目があるのだ。お前の相手をしている暇はない」 (P372)

刑亥に見つかる前には「別に人間滅んだからって関係ないし。それならそれで魔族をからかって遊ぶし」と、さっさとトンズラかまそうとしてたくせにね。

テレビでは尺が足りなくて(?)殤不患が一人で魔剣目録使ってサクッと妖茶黎を封印しちゃいますが、この小説版では凛様も「一緒に世界を救う」お役目を務めます。不患ちゃんが凛様の首根っこひっつかまえて、「おまえも手伝え」って言うんですよね。

「てめえが一番好きで、一等得意なことだ。相手はあの莫迦でかい魔神さま。どうだ? 相手にとって不足はねえよな?」 (P373)

と。
そう、つまり、「あの魔物をからかってやれ」と言うわけ。それなら、とほくそ笑む凛様を見て心底嫌悪の表情を浮かべる殤不患ではあるのですが、凛様に対する理解が深すぎますよね?もはやこれは愛ですよね!?

だってこれまでに一度だって掠風竊塵をこんなふうに「利用しよう」と思った人いないでしょ? 凛様はいつも利用する側、騙す側、それを逆手にとって手伝わそうなんて、思いついて実行するの不患ちゃんしかいない。最終章の最後で「あの凜雪鴉が勝てないほどの悪党なら」と言うのも本当に凛様のこと“わかってる”し、凛様が殤不患のあとをついて歩いちゃうの、仕方ないよなぁ。

で、凛様、めっちゃ嫌な顔しながら妖茶黎に襲われる村の人々を助けるわけですよ。ただ妖茶黎をからかうためだけに、柄にもない人助けをする。殤不患は殤不患で、到底人間が敵うとも思えない魔物と斬り結ぶ。笑いながら。

それでも、二人の男はよく笑う。
世界の滅びさえ、笑い飛ばせると信じているようだ。
 (P401)

凛様と殤不患、軽口叩きながらの共闘、いいよねいいよね。最終章でもこれが見たかったんだよ、私は。禍世螟蝗ロボをこんなふうに掛け合い漫才しながら二人で倒してほしかった。まぁ、それだと「あの凜雪鴉が勝てないほどの」という台詞がなしになってしまうけれども。

そしてテレビでは描かれなかった妖茶黎討伐の真実――真に世界を救ったのは魔剣目録ではなく、殤不患自身。

だが、風来坊が握った時、つまらない木刀が救世の聖剣を凌ぐ。 (P406)

ちょっと、「ん?どういうこと???」ってなったけど、ただ「道具を持っていただけ」ではなく、他でもない殤不患という男があの場にいたからこそ世界は滅びずにすんだ、という展開は熱い。

あと、風笛の使い方が詳しく解説されていたのも興味深かったです。TVだと風笛を手に入れれば誰でも簡単に魅翼を呼べる感じだったけど、そうじゃないんだよ、と。


また1期を見返したくなるし、この調子で最終章まで全部文章で読みたくなるし、その後の物語や外伝も小説という形でなら……と思ってしまいますよね。ニトロプラス及び分解刑さん、もっとどんどん書いてくださっていいのよ、買うから。買うから!