自民党の新総裁が安倍さんになった。

1位の石破さんと2位の安倍さんの決選投票になって、安倍さんになった。

決選投票になったのは40年ぶりだそうだ。40年前に勝ったのはかの田中角栄氏(負けたのは福田赳夫氏)。

総裁選に出た5人ともがタカ派っぽかったし、正直誰になってもなー、という感じだったのだけど、安倍さんと石原さんは特に「ヤだな」で、石破さんと安倍さんだったら石破さんの方が私は良かった。

安倍さんが5年前に政権を放り出したのは病気のこともあって仕方なかったのかもしれないけど、それより何より「イノベーション」とか「教育バウチャー」とか、「美しい日本」を連呼するわりに日本語が美しくないのがとても嫌だった。

愛国心とか憲法改正とか、軍国主義的なところも。

とはいえ彼が総理大臣だった時のことをよく覚えていないから、橋本治さんの『最後のああでもなくこうでもなく』をひもといてみた。

『ああでもなくこうでもなく』は『広告批評』に掲載された時評で、『最後の~』は2006年12月号から2008年8月号までの分が収められている。で、その中の2007年11月号の回に「プランBのない男」として安倍晋三氏が登場する。

安倍さんが突如首相を辞任したのが2007年の9月。

で、11月号で橋本さんは安倍氏のことを「プランBのない男」と評するわけです。

一言で言うと、とっても簡単です。この人が最初に出て来た時から、私はある二文字を思っていた。(それは、あなたの思うハ行の濁音で始まる二文字です) しかし、「いくらなんでも日本を代表する総理大臣を、なんの根拠もなくそんな二文字でくくれないしなァ」と思っていた。 (P186)

ははははは。

「自分が負ける理由はないはずだから」で、選挙に惨敗後も内閣改造をして、「このまんま安倍だったら、俺達選挙に負けちゃうよ」と、自民党の内部からさえも震えが来てるのに、「このまんま臨時国会をやります」の「プランBはなし」。所信表明演説をやって、その二日後に、自分で国会を開いといて、突然の「辞めます」も「プランBはなし」。行きっ放しで壁にぶつかって、それでそのまんまの「プランBはなし」――この人を「無責任」と言ってもしょうがない。ただ「プランB」がないだけの一直線男なんだから。 (P188-P189)

あれから5年経って、少しは「ハ行の濁音で始まる二文字」を脱却して、プランBやCまで勘定に入れられる人になったのかなぁ。

総裁選の演説をニュースでちらっと見る限り、「強い日本!」「豊かな日本!」「ジャパンアズナンバーワン!」とかで、変なカタカナ語は減ってるけど言ってることは「いつの時代の話?」って感じだったんだけど。

もうそういうのを目指す時代じゃないと思うんだけどなぁ。

「右肩上がりで豊かになる」という「プランA」がダメな時代になって、どのような「プランB」がありうるのか、目指すべきなのか。とっくの昔にそれを模索する時代になってると思うんだけど……。

安倍さんって今58歳だから5年前は53歳で、首相になった6年前は52歳という若さ。初の戦後生まれの総理大臣だったんだよね。

言葉だけはカタカナいっぱいで新しげだったけど、中身は懐古趣味というか戦前回帰というか。

彼が首相になった時に「戦後レジームの脱却」ということをやたら言っていたみたいなんだけど、橋本さんは「日本政治の三十五年」という回の中でこうおっしゃってる。

アメリカ進駐軍から公職追放になった安倍晋三の祖父岸信介達は、「本意ではないがアメリカ軍の言う通りにしなければならない」ということを呑み込んでいて、この「不本意ながら」を安倍晋三の言う「戦後レジーム」の状態だとすると、「戦後レジームからの脱却」とは、「アメリカ製の民主主義から自由だった戦前への回帰」ということにもなるが――。 (P170)

40年前の決選投票で勝った田中角栄氏はご存知の通り苦労人で学歴もなくて、一方その前の佐藤栄作氏(安倍氏にとっては大叔父)は東大出の高級官僚出身。

戦後の主な総理大臣は佐藤栄作氏まで「戦前的なエスタブリッシュメント型政治家」で、戦後27年経ってやっと田中角栄氏のような「戦後の新しいタイプの政治家」がトップに立った。

そんで思想よりも「道路だ!金だ!経済成長だ!」っていう35年があって、「あれれ、どうもおかしいぞ」と経済がヤバくなってくると戦前的エスタブリッシュメント政治家の孫であるこれまたエスタブリッシュメントな安倍氏が思想に走る……。

安倍さんの前は小泉さんだったわけで、小泉さんの「自民党をぶっ壊す!」で本当に壊れてしまった自民党が、「やっぱり昔みたいなのがいい」で出してきたのが安倍さんだった、というイメージがあるのだけど、安倍内閣発足当時の支持率は70%もあったそうな。

もちろんすぐに急落したらしいけど。

『ああでもなくこうでもなく』シリーズは各回の最初に「○年△月の主な出来事」をリストアップしてくれているので、ちょっと安倍さん就任のところから政治の動きをおさらいしてみましょう。



2006/09/12 民主党代表選が告示され、小沢一郎代表の無投票再選が決定
20 自民党総裁選で、安倍晋三官房長官が圧勝。初の戦後生まれ首相誕生へ

2006/10/26 安倍晋三新内閣が発足

2006/11/16 教育基本法改正案を衆院特別委可決
28 自民党が郵政民営化反対で除名された議員11人の復党を承認

2006/12/04 郵政民営化造反組が自民党に復党
15 教育基本法、47年の制定以来初の改訂。愛国心重視へ

2007/01/17 安倍晋三首相、自民党定期党大会で任期中に改憲の決意表明

2007/03/30 電力12社の経済産業省への報告で、原発のデータ改ざんが次々明るみに

2007/04/17 教育3法が衆院本会議で審議入り
26 安倍首相訪米。従軍慰安婦問題でブッシュ米大統領に「心から申し訳ない」

2007/05/03 安倍首相、憲法施行60周年にあたり談話を発表。憲法改正に意欲
14 「日本国憲法の改正手続に関する法律」が成立。施行は2010年
24 安倍首相「美しい星50」発表。温室効果ガス排出量削減など世界目標掲げる
25 安倍首相、年金問題で時効撤廃の方針を表明
28 緑資源からの献金問題で松岡利勝農林水産相が自殺。29日には前進の公団元理事も自殺

2007/06/19 「骨太の方針2007」を閣議決定。全独立行政法人の民営化と民間委託を検討
20 改正イラク特別措置法と教育関連3法が成立
30 年金記録漏れ問題をウケ、社保庁改革関連法、年金法など成立

2007/07/03 久間章生防衛相、広島・長崎への原爆投下「しょうがない」発言で辞任。公認は小池百合子首相補佐官
29 参院選で自民党が歴史的大敗。民主党、参院第1党に
30 米下院が従軍慰安婦問題で日本の首相に正式な謝罪を求める決議を採択

2007/08/01 赤城徳彦農水相、政治資金を巡る問題で更迭。安倍政権発足10カ月で4人目の閣僚交代
27 安倍改造内閣発足。厚生労働相に舛添要一氏

2007/09/12 安倍首相、突然の辞意表明
23 自民党新総裁に福田康夫氏
26 福田康夫内閣発足


「美しい星50」とかなんか苦笑してしまうけど。「地球環境保護に関する50の提言」みたいなタイトルよりはいいのかな。

あと、なんで「従軍慰安婦問題」についてアメリカ大統領に謝るんだろう、なんでアメリカの議会に謝罪を求められるの、とか思ってしまった。これは「日本は韓国に謝れとアメリカの議会が決議した」ってことだよね? 人権的なあれで???

安倍さん本人の業績としてはやはり「愛国心重視の教育基本法改訂」と、「憲法改正への手続き法成立」。

憲法改正は自民党結党以来の悲願らしいけれども、それを争点に選挙したわけでもないのに……と当時も思ったような気がする。教育基本法に関しても。

今回はあくまでも野党党首としての返り咲きで、このあと自民党が政権を奪回するのかどうか、安倍さんが首相にも返り咲くのかどうか、それはまだわからない。

私としては軍国っぽい安倍さんが首相になるんだったらグダグダでも野田さんにがんばってもらった方がいいのかな、と思うのだけど。

中国や韓国とぎくしゃくしている今、強硬論に賛成の人も多そうだし、うーん、衆院選はどうなるのかな。

党員票では勝ってた石破さんを国会議員票で安倍さんが逆転したことについて、さっき毎日新聞の与良さんが「今自民党で国会議員の人はあの逆風の中当選した人ばかりだから、次の衆院選でも総裁の顔に関わらず“自分は当選する”と思っている。だから石破さんにまでは振れず、安倍さんを選んだ」と言っていた。

「谷垣さんでは選挙は戦えない」から谷垣さんに出馬させなかったんじゃないの? 誰が総裁でも勝てるんなら変えなくて良かったんじゃ。

いや、まぁ、「今国会議員じゃない人」を当選させないと政権奪還はできないので、やっぱり「戦える人」を選び直さなきゃいけないんでしょうけど、それが切実だったのが地方の党員票だとすると、地方は「石破さんの方が戦える」と思っていたわけだよね???

石破さんも防衛オタクだし、自衛隊の格上げというかもっと自由に動かせるように、っていうのは主張しているから、ちょっと心配なところもあるけど、全体に安倍さんよりずっと知性的な印象を受ける。

かと言って石破さんが新総裁に選ばれていたら自民党に投票するかというとそれはまたうーん、となってしまうのだがなぁ。

うーん。