偕成社のルパン全集、別巻も4冊目まで来ました。

もう、残りはあと1冊しかありません。

ああ、読むのがもったいない。

と言いながら読み始めるとページを繰らずにいられず、あっという間に読んでしまうというね。

ホントにルブランさんすごい。

この『真夜中から七時まで』も面白かったです。なんというか……ロマンティック冒険ミステリという感じ? ルパンよりさらにロマンスが前面に押し出されてるかも。

タイトルの「真夜中から七時まで」というのは、ヒロイン・ネリー=ローズのもとに500万フランという高額小切手とともに届いた手紙の一節。

「このお金を差し上げる代わりに、私の指定する日の真夜中から七時まで、私をあなたの部屋に迎え入れてくださいませんか?」

ネリー=ローズは研究施設だか何だかの寄付を募るために、「500万フラン出してくださった方にはなんでも好きなものを差し上げます」って言っちゃってたんですね。

別にネリー=ローズは「変な意味」で言ったわけではなかったんだけど、「寄付の賞品として各界の方々から絵画や車を提供してもらって…」という文脈で「あなたは何を提供するの?」と聞かれ、「わたしは、お望みのものを何でも差し上げます」と言ってしまった。

若くて美しい彼女がそう言ったとたん、周囲は「じゃあ、あなた自身が特賞になるのね」と。

大人ってやつはねぇ。なんでも汚くしちゃいますよねぇ。

まぁネリー=ローズも5つや6つのガキでなし、二十歳(と確かどっかに書いてあった気がする。間違ってたらごめんなさい)の、縁談も出ている娘なんだから、うかつすぎると言えばうかつすぎる。

でもそうそう500万フランなんて寄付は来ないだろうし、そんな大金を寄付してくれる「善人」ならば、若い娘のうかつな失言などにつけ込んだりはすまい……と思っていたら。

小切手と手紙が届いちゃった。

で、これまたうっかり「小切手来ちゃった」とだけ施設の館長に報告したらあっさり現金化されちゃって、ネリー=ローズは「真夜中から七時まで」の提案を受け容れてしまったことに。

手紙の主はイワン=バラトフ。

もちろん彼は若く美しいネリー・ローズを「ものにするため」に500万フラン送りつけたわけです。寄付の主旨に賛同した善意のお金持ちなんかではなく、ヤバい商売で荒稼ぎする根っからの悪党。

哀れネリー=ローズの運命や如何に!?というところなのですが、ここに一人の快男児がいる。

時々バラトフの仕事を手伝って危ない橋を渡るジェラールという青年。

ロシアから亡命する人々を助けたり、亡命したあとに祖国の財産を取り戻したりするのに手を貸しているのですが、ジェラール自身は「悪党」ではなく、「金のため」というよりただ「冒険のため」、「スリル」のためにそんな仕事をしている。

「そんな危険なことなんでやってるの?お金のため?」と聞かれ、

「いや、金なら持っている」
「それなら、どうして?」
「おもしろいからだよ。この世には楽しみのためにすることがたくさんある。よろこびを味わいたくてそうするんだ。それがいちばんすばらしいことなんだよ」
 (P53)

と答える男なのです。

なので時にバラトフのやり方に反対し、彼が金づるにしようと思っていたものをただで相手に渡しちゃったりする。

そんなジェラールがバラトフのネリー=ローズへの執着を知り……。

「真夜中から七時まで」という“約束”がどんな風に果たされるのか、「ロマンス」でもあり「冒険」でもあり、展開が半分くらい予想できるだけに「どうなるの?ああなるんでしょ!?ああなってよ!」とページを繰らずにいられない。

そして、後半、バラトフが殺され、その犯人としてジェラールが疑われてからは一気にミステリーの様相。……と言っても、殺人トリックとかあるわけじゃないけど、状況的には読者にも「ジェラールが第一容疑者」に見えるから、「まさか違うでしょ?でも……」とドキドキ。

鍵を握るのはもちろんネリー=ローズで、彼女が証言に来るところはとっても秀逸。

「彼がわたしの気持ちを気づかってくれたことは、わたしには忘れられません。そのことを忘れることができません。きっと忘れることはないでしょう」 (P269)

このたたみかけるような「忘れない」の表現。

いいなぁ。

原文がどうなってるのか知らないで言うのも何だけど、ルブランさんの筆ってこう、流れるようにスムーズなのよね。地の文とセリフのバランスとか、ごちゃごちゃ書き過ぎず、でもちゃんと登場人物の感情や心理はしっかり描写されていて。

読み飛ばしたくなる部分もなければ、物足りないと思うところもない。

なんというか、とても読み心地がいい。

また最後、終わり方がとっても素敵だし。

ちょっと、おとぎ話すぎるかもしれないけれど。でもこのロマンティックさが、私はホントに好きだなぁ。いわゆる「日本文学」にはない「お洒落感」というのか。

「どんなことでも楽しいから……人生は楽しいし、おもしろいわ!退屈したり、ためらったりしているなんて、理解できない……」 (P16)

と言う快活な美女ネリー=ローズと、

「おれはあらゆる女性に関心をいだき、彼女たちを守ってやるだけだ……」 (P152)

と言ってのける生まれながらのプレイボーイ、ジェラール。

とりわけ、彼は生まれながらのプレーボーイだったから、その仕事のときどきに、女性を征服するのが好きだった……ジェラールはその魅力で相手を惹きつけ、その若々しい快活さで相手を信用させてしまうので、彼を目のまえにして、無関心でいられる女性はめったにいなかった。 (P62)

などと描写されるジェラールは、今なら「リア充爆発しろ!」と言われるに違いない、男性からは憧れるよりも毛嫌いされるに違いないタイプなのだけど。

女性からでさえ、「ちょwありえないwww」と言われてしまうかもしれないけれど。

舞台がおフランスだし、時代も100年くらい前だし、何よりルブランさんの筆で読むと、「あり!」になっちゃうのよねぇ。

宝塚で上演すればいいのに。

『ルパン、最後の恋』以上に宝塚に向いてる気がする。

女にモテモテで、「スリル」を味わうために危険を冒す快男児。決して悪党ではない彼は、まさに宝塚の男役にぴったりなヒーロー。

純真で一本芯の通ったヒロインに出会って、プレーボーイがプレーボーイをやめてしまうっていうストーリーも宝塚向き。

オススメだわ~。


あと、面白いと思ったのが、バラトフ殺しの犯人と疑われたジェラールを訊問するナンタス主任警部。

「やくざな口調のこうした質問、おまえ呼ばわりをして相手を侮辱するやり方、相手をプロの泥棒と同列に扱う手口、法の無情の重圧のように肩にのしかかる手……」 (P246)

思わず「取り調べの可視化を!」と言いたくなる訊問シーン、今も昔も変わらないなぁと。

でもナンタス主任警部は決して「悪い警官」ではないのですよね。誰彼かまわず「おまえが犯人だ!」とでっち上げてしまう人ではなく、ジェラールを重要な容疑者と考えつつも、事件の他の関係者にもしっかり尾行をつけている。

そしてジェラールの疑いが晴れた暁にはすっかりジェラールを信頼しちゃって。

ちょっと、「その掌返しはどーなん?」と思っちゃったりもするけど、「有能な理想の警部」として描かれている感じ。

ジェラールが訊問に口をつぐんで「それは答えられない」って言ってるところはちょっと『カラマーゾフ』思い出すし。


この作品は1933年の作品。

1932年の『二つの微笑を持つ女』と1934年の『特捜班ビクトール』の間に書かれたことになります。ルブランさんにとっては晩年の作と言っていいでしょう。

1933年当時のフランスの読者にとって、特に男性の読者にとって、ジェラールはどういう存在だったんでしょうね。「共感できるヒーロー」だったのか、それともやっぱり、「こんな奴いねぇだろ!」「ちゃっかり美女手に入れやがってこんちくしょー!」だったのか……。