2014年11月24日月曜日

『失われた近代を求めてⅢ~明治二十年代の作家たち~』/橋本治【その1:“奇童”北村透谷】



(1巻&2巻の感想はこちら↓
『失われた近代を求めてⅠ【その1:鎌倉時代の言文一致】』
『失われた近代を求めてⅠ【その2:丁寧語にひそむ大問題】』
『失われた近代を求めてⅠ【その3:非凡なる『平凡』】』
『失われた近代を求めてⅡ【その1:恋に恋する田山花袋】』
『失われた近代を求めてⅡ【その2:国木田独歩と島崎藤村】』

橋本さんの『失われた近代を求めて』、3巻目です。2巻目が昨年の3月発売だったので、1年半ぶりの3巻目。そして最終巻。

もう終わっちゃうのかぁ、寂しい……。

もっと続くものだと勝手に思ってました。

もとは「小説トリッパー」に連載されていた原稿であり、今年の夏季号で終わったそう。連載終了後すぐ単行本にしていただいた、ということですね。

1巻目で「言文一致体の誕生」に迫り、2巻目では田山花袋、国木田独歩、島崎藤村を解体。この最終巻では夏目漱石、北村透谷、幸田露伴が裸にされます。

うん、先日毎日新聞の書評にも取り上げられていたのですが、「橋本治という人は作家の内面を容赦なくえぐりだす」みたいに書かれていて、ほんとその通りだと思いました。

もうみんな亡くなられているし、取り上げられた作家さん達の本当の胸の裡はわからないのですが、そもそも作家さんご本人にも「なぜ自分はこんなものを書くのか」「書かずにいられないのか」「なぜこうしか書けないのか」といったことがわかっているとは限らない。

そこを橋本さんはぐいぐい踏み込んでいくんですよねぇ。

1巻2巻の感想でも書きましたが、まったく興味のなかった(笑)近代文学が橋本さんの解説付きで読むとびっくりするほど面白く読めちゃうからホントすごいです。

日本の近代文学。国語の教科書に載っているもの以外は読んだこともなければ読もうとも思いません。子どもの頃、家にあった「少年少女世界文学全集」にはちゃんと「現代日本文学名作集」という日本の作品を集めた巻もありましたが、ほとんど読んだことありませんでした。

読んだことないのでどんな作家のどんな作品が入っていたのかわかりませんが、確か漱石の「坊っちゃん」が入っていたような。

あ、こちらのサイトに収録作が掲載されていますね。二葉亭四迷や国木田独歩も入ってますよ! そもそもこれ、監修に志賀直哉の名前が入っていたりしてびっくりしますが、うーん、図書館に寄贈せずになんとか手元に置いておくべきだったか……。置き場がなかったんですよねぇ。

と。

すいません、いつもながら話がずれてます。

「なんかとっつきにくいというかジメジメとおっさんくさい気がして近寄りたくない」と漠然と思っていた日本の近代文学。

橋本さんも同じように思ってらしたようで。

若い頃の私にとって、日本の近代文学は「中年男のもの」だった。 (P11)

それは「近所のオッサン」が読むようなもので、「文学青年」という言葉を生み出しながら、どうも日本の近代文学は「青年」を感じさせてくれない。それが「青年の悩み」であったとしても、私にはどうも「老けた青年の悩み」のようにしか思えなかった。 (P11)

めっちゃうなずいてしまいます(笑)。なんかこう、暗くて退屈でうだうだ愚痴を言ってるようなイメージがあります。読んだことないのに(爆)。

「老けた青年の悩み」ってひどい言われようですが、そもそも「青年」とか「少年」というものが江戸時代以前の日本には存在しなくて、「ティーンエージャー」とか「思春期」とかいうものが世間一般に認知されるのは第二次大戦後だったりするんですよね。

明治になっても、昭和の初めでさえ、まだ「十代の少年」は「枠」を与えられていない。

「十代の少年」というものを独立したものとして存在させなければ、「オタク」も「引き込もり」も生まれなかったかもしれないが、その一方で日本の近代文学は「十代の少年」というものをほとんど問題にしなかった。 (P12)

江戸以前は15歳とかで「元服」で、「元服」すればもう「大人」だったわけで、「子どもでも大人でもない」とぐずぐずさせてはもらえなかった。だから日本の近代文学が「十代の少年」なんてものを問題にしなかったのも今から思えば当然のことでしょう。

日本の近代で――ことに「人のあり方」を問題にする文学の方面で、なにかがへんなのは、青年と子供の間に断絶があるからだと私は思うのだが、そのことを例証してくれるような人物がなかなか見つからなかった。がしかし、夏目漱石や島崎藤村の以前に、北村透谷という人がいた。 (P39)

というわけでこの本の3分の2くらいは北村透谷絡みのお話です。

名前は聞いたことあるけどどんな人だかさっぱりわからない北村透谷。Wikipediaさんでは「日本の評論家、詩人」と紹介されています。

なんと彼は12歳で政治家を志望し、13歳での卒業式演説が新聞に載って「奇童」と呼ばれたそうです。

満で25歳の時に死んだ北村透谷が、日本で最初のティーンエージャーだったということである。だから彼は「奇童」と捉えられた。「早熟な少年(こども)」であるよりも、彼は「変わった少年(こども)=ティーンエージャー」だったのである。 (P40)

しかも彼は満15歳くらいで議会の書記になってお金を得、そのお金で遊郭に入り浸ってたそうな。「昔の日本人は15歳でもう大人」を実践してるような気がしなくもないですが、その後満19歳で結婚した彼は『厭世詩家と女性』という評論の中で「恋愛は人世の秘鑰(ひやく)なり」なんて言っちゃう。

恋に恋する田山花袋と違って15歳で遊郭入り浸り、19歳で3歳年上の女性と恋愛結婚して子どももいる北村透谷が言う「恋愛至上主義」はなかなか面白いというか、橋本さんの解説読んでても「この人いったいどういう人なの?」って感じです。

「尾崎紅葉の書く女性像に本気になる北村透谷」とかいう章題もあって、思わず「透谷ェ…」とつぶやいてしまいますが、流行作家の書く小説の中の女に本気になって、「こんな女ダメだろ!」と熱く語る文章が“評論”として立派に雑誌に載っちゃうってなんか羨ましくもあるような。

透谷は前近代の「粋(いき)」という概念が嫌なんですね。

若くして遊郭に入り浸った透谷だからこその感慨なのかもしれないけど、「疑似恋愛」をよしとする「粋」という「遊びのルール」が嫌で、だから大好きな尾崎紅葉が「遊郭内でのし上がっていく女豪傑」をヒロインにするのが許せない。

北村透谷にとって最上の女性のあり方は、「気高き処女が恋の想いに身を悶えさせる」というようなものだから (P175)

まぁ女性の側から見たら「何勝手なこと言ってんの?」ではあるけど、前近代の、ルールに則ってさえいれば性の抑圧なんてない、その代わり「ルールを超えた個人の想い」は蔑ろにされる、というあり方が不満だ、というのはわからなくもない。

「遊び」としては自由だけれど、真剣になっちゃダメ、という前近代の「恋愛」。

透谷の評論の中には「個人的生命(ライフ)」という一語も出てきて、「社会を変革するはいいけどボクという一人の個人の“想い”はどうしてくれるの?」というのはとっても「自我に目覚めた少年」らしい気がする。

今で言えば小学校6年生くらいで政治を志して、でも挫折して、「社会を変えたい」という想いと「自分のライフ」を大事にしたいという想いの狭間でもがく北村透谷。

社会変革というのは、「人は皆同じ」という前提に立つものである。一方で日本の近代文学は、「私は人とは違う、人は皆同じではない」という前提に立つものである。両者は両立しないが…(P122)

「人は皆同じで、人はそれぞれに皆違う」というのが、矛盾なんかへとも思わない日本の前近代の得意とする理解だ。なまじ近代になんかなってしまったものだから、真面目な頭でこれを考えても壁にぶち当たるだけになってしまう。北村透谷はここにぶつかったのだ。 (P123)

最終的に北村透谷は25歳で自殺してしまって、「ああ……」って感じなんですけど、「近代」にやってこられてしまった日本人は色々大変だったんだなぁと。

もう徳川の時代は終わって、建前上「四民平等」の時代になって、誰もが自由にものを考えられるようになったはずだった。恋愛だって身分の上下や「家」にこだわわず、自由にできるようになったはずで。

でも、だからって誰もが両思いの素敵な恋をできるわけじゃない、というところで妄想一直線になったのがたぶん田山花袋で、「身分にはこだわらない」はずの世の中で「身分を隠せ」と言われて「言えない」を抱えるのが『破戒』の島崎藤村。

自我に目覚めた近代の青少年の周りにはまだまだ「前近代」が当たり前に存在していて、「文学」を志すような繊細で自覚的な若者は「近代」と「前近代」との狭間でもがき、傷つかざるをえない。

この本の最終章のタイトルは「近代が来てどんないいことがあると思っていたのだろうか?」で、なんというか、このタイトルに全部集約されちゃうなぁと思います。

近代になって「自由」とか「権利」という考え方が西洋からやって来る。それがあると幸福になれるような気はするが、しかしそれは誤解で、そんなものにやって来られると困難ばかりが増す。なぜなら、「自由」とか「権利」というものは、それを手にすることによって前近代的な社会を改革して行かなければならなくなる「義務」でもあるからだ。 (P228)

それが「圧政」だったとしても、「枠」がある方がかえってその中では「自由」にできて、江戸時代の『里見八犬伝』の方が明治期の「浪漫主義」よりよほど「浪漫」でファンタジーだったりする。

ヒロインがいきなり犬の嫁になるんですもんねー。

識字率は高く、サブカルは花開いて、同時代の外国の庶民に比べれば格段に「文化的」だったと思える江戸の庶民。彼らにとって、「枠」をとっぱらう「明治維新」は「歓迎すべきもの」だったのかどうか。

望んで得た「近代的自由」「近代的自我」ではなかったゆえに――それを学び身につけなければ西洋に追いつけないと思われたがゆえに――。

その本当の意味は理解していなかったのかもしれない。

もしかしたら、今もまだ日本人は、「近代的自我」とか「権利」というものがピンと来ていないのかも。

だからこそそれは「失われた近代」になる。

自由民権運動は、本音を言えば民撰議会などというものを開設したくない、天皇を擁する明治維新政府の中心人物達を「敵役」とする、浪漫主義的な「政争」でもある。 (P73)

政治を目指すものがたやすく浪漫主義的なものになってしまう日本の政治運動は、いともあっさり「なんでもないもの」になってしまう。 (P73)

国家とか国民の生活云々よりも「政敵との戦い」がメインになってしまうの、なんか、今も……って思っちゃいますよね……。

前近代のままの人々の意識と、それでも表面上はどんどんと進んでいく「近代化」。その分裂を明確に把握していた夏目漱石。

というわけで、もう少し続きます。(続きはこちら

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