3月に刊行されてから気になっていた本。『ファウンデーションの彼方へ』を返しに行ったら新刊の棚に並んでいたので「!」と思って借りてきました。

「子どもに学ぶことばの秘密」という副題のとおり、言語学者である広瀬さんがご自身の息子さんの言語習得を観察して、「人はどういうふうに母語を使いこなせるようになっていくのか?」ということを非常にわかりやすくまとめてくださった本です。

大きめの活字で100ページちょっと。1時間足らずでサクッと読めました。

「言語学なんて難しそう~」という人もとっつきやすく読みやすいと思います。

何より楽しい。

子どもの言い間違いや引っかかりを例に取っているので、すごく和むんですよね~。口を横に引っ張って「学級文庫て言うてみ!」とか、まぁたいていの人には覚えのある“遊び”でしょう。

で、子どもの「言い間違い」って、実は「間違い」ではなかったりするのです。日本語であれ英語であれ、言葉の中には規則に従わない例外的な事項があるもので、大人はそれをもう「当然のこと」として気にも留めなかったりするけれど、子どもにすれば「他からの類推で規則を当てはめれば○○になるはずなのに、なぜか大人に“違うよ”とダメ出しされてしまう」納得のいかない事象。

私たち日本人が英語を習う時には、「go」の過去形は「goed」ではなく「went」と例外を覚えなければならないわけですが、英語圏の子ども達もやっぱり、母語習得の過程で「goed」とか「holded」とか言っちゃってるそうです。

それってむしろ、「子どもは規則をよくわかってる」ってことですよね。

この本の最初に取り上げられているのは「“は”にテンテンをつけたら何ていう?」という問題なのですが。

大人はすぐに「え?ば(ba)でしょ?」と思ってしまいますが、子ども達は悩むそう。
「た(ta)→だ(da)」「さ(sa)→ざ(za)」「か(ka)→が(ga)」に共通する対応関係が、実は「は(ha)→ば(ba)」にはないのです。

だから子ども達はどんな音を出せばいいのか困ってしまう。

……すごいよね。

有声音・無声音みたいな対応とか、私全然わからないよ。言語学専攻だったけど音韻系ほんと苦手で、アクセントも意識できない。なのに子どもは音韻上の「濁点の法則」をしっかり見出して、その通り「は」に「テンテン」した音を出そうとするとは!

私も3歳ぐらいの時にはそんな真似ができていたのかしら……。

「死ぬ」を「死む」と言ってしまう子どもがけっこういるらしいのですが、それも現代日本語ではナ行の五段活用が「死ぬ」しかないゆえに、他の行の活用を援用してしまうのだとか。

いやぁ、すごいなぁ。

これを読んでいると、「違う、その言い方は間違い」と指摘するの、申し訳なくなります。ほぼ無意識に「そういうもの」としか思ってない大人が、一生懸命規則を見出し、当てはめようとしている子どもたちを簡単に「間違い」と言ってしまうのは……。

うちの息子ちゃんの時はどうだったのかなぁ、と思うし。

きっと色々気づきはあったと思うんだけど、残念ながらTwitter以前で、その都度メモるということがなかったから。

もったいないことをした。

まぁ、うちの息子ちゃんの場合、2歳ぐらいでとつぜんばーっと喋り始めたかと思うと一気に字も読めるようになって、3歳ぐらいで岩波少年文庫の『くまのプーさん』を自力で読む、という謎発達をしていたので、「字を知らないからこそ逆に音韻が正確」という「“は”にテンテン」問題はスルーだったかもしれません。

非常に早い段階で「書き言葉」をインプットしてしまったというか。

の割に――なのかどうなのか、「文法」が苦手で、「主語を抜き出しなさい」という問題が全滅だったこともありました。(『「主語」ってなんやねん~小学生の主張~』

タイムスリップして2~3歳ぐらいの息子ちゃんの「ことば」をもう一度観察してみたいものです。

 
あと、これはお子さんの話ではなく広瀬さんご自身のお話だったのですが、「関東炊き」と「おでん」の項が面白かったです。

家では関西方言として「関東炊き」という言葉を使っていて、でも「おでん」という言葉もちゃんと知っている。知っているんだけども、頭の中で勝手に意味の範囲を使い分けていた。

このように、ある語(「おでん」)の意味として、それが指しうる意味全体(みんなが知っているあの料理)のうち、より限定的な一部(串に刺してあるやつ)としてしか認識していない場合を「過剰縮小」といいます。 (P70)

これ、あれですよ。私にとっての「ブイブイとカナブン」、「ゆがむといがむ」。(『ブイブイとカナブン、あるいは方言と標準語の棲み分け』

日常的な言葉と、たまにしか使わない「よその言葉」があって、両方を知っているがゆえに「完全に同じものを指す」とは思わずに「意味の範囲が違う」と思ってしまう。

「過剰縮小」というか、「勝手使い分け」だと思ってました……。

 
家に小さいお子さんがいる方はもちろん、「ことば」に興味のある人にお薦めの読み物です。