弊機が帰ってきたーーーーーーーーっ!
2022年春の『逃亡テレメトリー』から早や2年半、『マーダーボット・ダイアリー』シリーズの新作、首を長くして待ってました。
しかしこの『システム・クラッシュ』は『逃亡テレメトリー』ではなくその前、2021年秋に邦訳が出た『ネットワーク・エフェクト』の直接的な続編。冒頭にかなり詳細な「前回までのあらすじ」が付いていて、未読者にも既読者にも優しい構成です。
『ネットワーク・エフェクト』のラストで、“弊機”たちは異星遺物に汚染されたシステムを無事破壊することに成功しました。しかしそれで“めでたしめでたし”ではなかったのです。
“弊機”を乗せたART=ペリへリオン号は、いまだその汚染された惑星で調査を続けています。ペリへリオン号が属する「ミヒラおよびニュータイドランド汎星系大学」のチームは、惑星の汚染度その他を精査し、居住中の入植者たちをバリッシュ・エストランザ社(以下BE社)の魔の手から救おうとしているのです。
この辺、かなり込み入っていて、「前回までのあらすじ」と自分のblog記事を読んで予習していてもなかなか状況がスッと頭に入ってきませんでした。
「前CR時代」とか「アダマンタイン時代」とか、開発史に関わる用語が出て来るたびに「えーっと?」となってしまう(^^;)
とはいえ、その辺ちょっとよくわかんなくてもお話は十分に面白く、どんどん引き込まれていきます。
避難させたい入植者たちが物理的にも組織的にもひとつにまとまっていてくれれば話はスムーズなのですが、複数グループに分かれている上に、「ずいぶん前にたもとを分かって、生きてるかどうかもわからないグループがいる」なんて話が出てきてしまう。
彼らがいると思われる地域にはテラフォーミング装置があり、その干渉により通信が役に立たない。話をするには直接現地に行くしかない。
というわけで、“弊機”は人間たち3人とともに小型シャトルで現地に向かうことになります。現地周辺の「ブラックアウト地帯」では、当然ART本体と通信することもできない。外界と隔絶された状況で、“弊機”は人間たちを守りきり、無事入植者たちと接触することができるのか。
この設定がうまいんですよね~。
警備ユニットである“弊機”は様々なシステムからデータやカメラ映像を入手して現状を分析することができる。それが彼の「警備コンサルタント」としての大きな強みなんだけれど、今回はその「外部からの入力データ」が非常に限られた中で行動しなければならない。
ARTの頭脳をコピーしたARTドローン(※ART本人によると「ドローンに自分をダウンロードした」らしい)が同行するものの、哨戒用に飛ばせる普通のドローンは少なく、別の入植者グループなんてものが実際に存在するのかどうかもわからない中、前CR時代だかアダマンタイン時代だかの施設を手探りで進んでいく“弊機”たち。もしも本当に人間が――生きている人間たちがいるのなら、BE社の連中よりも先に彼らに接触しなければ!
この「探検」の描写がまた巧い。派手な戦闘があるわけでもないのに息詰まる。読ませる。
『マーダーボット・ダイアリー』の世界では、BE社のような企業にかなりの横暴が認められています。ひとたび惑星開発の権利を得れば、いわゆる埋蔵資源のようなものだけでなく、そこに居住していた人間たちも「企業の持ち物」として主張できる。うまいこと言って「年季奉公契約」を結ばせれば、他の星で奴隷労働に従事させることも可能なのです。
(『逃亡テレメトリー』所収の『義務』という掌編にそのあたりの描写があります。“弊機”はかつて、そのような奴隷労働の監視役としても働いていました)
長い間孤立して外の世界を知らない入植者たちは企業のあくどいやり口に疎く、また、彼らにしてみれば“弊機”たち大学の研究チームもまた、信用していいのかどうかわからない存在。苦労してたどり着いたのに、BE社の策略により、「大学はコロニーを実験場にするつもりだ」と誤解される羽目に。
ここで“弊機”が「あきらめたくない」と思うのがまた!すごく良い!! 縁もゆかりもない辺境の入植者たちを、なんとしても救いたいと思ってくれる“弊機”!!!
ここにいるいまいましい人間たちを救いたい。地下に隠れ住んで、あのライブラリのメディアを子どもたちといっしょに見て、迫りくる危険をなに一つ知らない人間たちを見捨てたくありません。 (P199)
顧客である人間たちだけでなく、見ず知らずの人間たちをも救おうとしてくれる“弊機”。なんてありがたい、なんていい子なんだ!
それは“彼”が、前述のように以前の職場で、奴隷労働の過酷さを身にしみて知っているせいもあるのでしょう。もし避難させることができないのなら、「殺してやる方が親切」とさえ思うほどに。大学憲章に反するため、強制的に(入植者の同意なしに)避難させることもできず、“弊機”は怒りと絶望にさいなまれながら、なんとかして彼らを説得できないかと頭を働かせます。こんな時“二・〇”が生きていてくれたら――。
“弊機”のコードから生まれたクローン、“弊機二・〇”。同じコードから生まれた“双子”でありながら、オリジナルとは微妙に性格が違い、振る舞いが違った“彼”。“二・〇”がきっかけでアイディアを思いつくのがエモい。
そしてその思いついたアイディア自体がまた本当にエモい!
うんうん、そうだよねぇ、それでこそ『マーダーボット・ダイアリー』だよねぇ。ふふっ。
“弊機”のアイディアを実現するために人間たちとARTドローンが骨を折ってくれて、それに対して「ちょっと感動しました」と言う“弊機”。読んでる方も感動してしまう。あああ、良かったねぇ、“弊機”。いい人間たちにめぐり会えて、いつ脳を灼かれるかもわからない自由のないただの“警備ユニット”から、一個の独立した存在になれて。
アイディアを思いついた時に「有機組織の皮膚がどっと汗をかきはじめた」という描写も面白く。乗組員の一人に嫉妬めいた感情を抱いたり、ARTに「警備コンサルタントはおまえだよ」と言われてホッとしたり、どんどん人間っぽくなっていく“弊機”。
タイトルになっている『システム・クラッシュ』――、帯に書かれた「弊機は壊れてしまいました」という事態も、“弊機”が人間らしくなっていることの証じゃないかと思うんだけど、実は今ひとつよく理解できませんでした……。突如“弊機”がシャットダウンすることが2度ほど起きてるんだけど、1度目はどのタイミングで起きたんだっけ? んんん?
この謎クラッシュ、「入植者たちを救うミッション」自体には大きな影響がなかった気がするし、今後への伏線なのかしらん。
ちなみに原題は『SYSTEM COLLAPSE』。より日本人に馴染みのある単語として邦訳は「クラッシュ」が選ばれたのでしょう。
『ネットワーク・エフェクト』で統制モジュールをハッキングして自由になった警備ユニット、通称“3号”。引き続き“彼”にも出番があるのですが、“弊機”と違って「ノンフィクションや教育娯楽作品を奇妙なほど好む」のが面白い。
同じ警備ユニットでも――自我や感情を持たないとされるAIでも――、やっぱり「もともとの性格」というものがあるのでしょうか。最初に“3号”が目にした“物語”が“弊機”の人生(ノンフィクション)だったことが、大きな影響を及ぼしているのかな。
今回もまた、味方になってもらうために敵警備ユニットにハッキングコード他を渡す場面があり、少なくとも1人は“自由”になります。“自由”になって、どうするのか? “彼”が今後再び登場することはない気がしますが、無事に過ごしてほしいと思わずにはいられません。
そして“3号”には、今後もちょこちょこ活躍してもらいたいなぁ。
あと、「異星遺物による汚染」という事象が、『ネットワーク・エフェクト』から今作まで続くお話の重要なモチーフになっているんですが、
汚染された遺物はもともと異星人が廃棄した危険物であり、わざわざ掘り返すなど想定されていなかったのではないかということです。 (P100)
という“弊機”の述懐、放射線廃棄物のことを思い浮かべました。人類が絶滅した後にも残る高レベルな放射性廃棄物。「そこに埋まっている」ことを知らずに別の知的生命体が掘り返す未来……。
もちろん「別の生命体」にとって何が害毒になるかはわからないので、ただの鉄を掘り出しただけで異星人が汚染される可能性もある。今回の“遺物”も、遠い昔の生命体にとってはウイルスでもなんでもなかったのかもしれません。
(こちらの働きが人間たちに認められないとむっとするのに、ほめられすぎると狼狽するのはなぜでしょうか。意識過剰です) (P76)
ふふっ、もっともっと褒めちぎって、困惑させてあげましょう。今回もほんとによく頑張った、格好いいよ、“弊機”!
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