先日梅田の丸善&ジュンク堂で買った岩波文庫第二弾です。

やはりロシア文学。

ゴンチャロフというお名前、バレンタインデーにご紹介するのに実にふさわしいですね(笑)。

ゴンチャロフさんの著作を読むのはこれがお初。Amazonレビューなど見てみて、『オブローモフ』の方を買おうと思ってたんですが、上巻がなかったので(Amazonでも“取り扱いできません”になってます(>_<))、『断崖』を買ってみました。

こちらもしばらく絶版だったのがようやく改版復刊されたようで、最終5巻は今月発売。

またいつ買えなくなるかわかりませんし、長いお話好きですし、ええ。『断崖』というタイトルもなかなか興味をそそられますよね。

もっとも、全5巻とはいえ活字が大きめでゆったり組まれているので、たとえば新潮文庫版『戦争と平和』全4巻に比べるとたぶん短いのでは。

1巻、わりとさくさく、短い時間で読めちゃいましたもん。

まだこの1巻では事件らしい事件も起こらず(もしかすると全5巻読んでも事件は起こらないのかもしれない)、主人公ライスキーの人となりが詳しく述べられるだけ。

このライスキーがまた、かなりウザい(笑)。

もう30過ぎてるんだけど、いわゆる「地主様」で働かなくても食っていけるので、一旦は入隊した軍もやめ、官吏もやめ、今はぶらぶら。

最近知り合った遠縁の未亡人ソーフィヤにご執心で、彼女の内に動揺を引き起こそうと苦心している。

うん、不思議な「執心」の仕方なんだよね。「惚れている」と言ってしまえばそうなのだろうけど、むしろ彼女の落ち着きが気に入らない、なんとかしてパニクらせたい、みたいな。

若くして夫を亡くして、父や伯母に監督される生活を、ソーフィヤ自身はありのままに受け容れていて、ヒステリーを起こすこともなく、欲望や猜疑にとらわれることもなく、穏やかに暮らしている。

その「落ち着き」がライスキーには納得できなくて、彼女のうちに「情熱」を呼び覚まそうと苦心するのだ。

なんと迷惑な(笑)。

なので冒頭のライスキーとソーフィヤのやり取りを読んでいると「なんなんだ、この男!?」なのだけど、その後に描かれる彼の少年時代、青年時代を読むと一転、「あー、そーゆーのわかる気がする」と共感できてしまうのだな。

ライスキーは子どもの頃から「熱しやすく冷めやすい」人間。すぐに夢中になるけど、その分すぐに(ほんの1週間や2週間で)飽きて、すぐ退屈して、また次の「情熱の対象」を求めて飛んでいく。

芸術に惹かれ、絵を描きピアノを弾き、小説を書こうとする。早くに親を亡くした「みなしご」とはいえ「地所」持ちのぼんぼんなので、周りは彼の将来に疑問を持たない。彼が「芸術家になりたい」と言うと、「は?何馬鹿なこと言ってるの?芸術なんて貧乏人のやることだよ」。

詩だって絵だって小説だって書いてかまわない。「だってそれは余暇にすることだから。肩書きはどうするの?」と問う大学の学部長に、仕方なくライスキーは答える。「まず軍隊に入ります」

……中学生の頃からずーっと「小説家になりたい」と思っている私としては、なんともこう、身につまされるエピソードです(汗)。

別に私んちは「地所」持ちなんかではないのだけど、やっぱり「芸術」で食ってくとなると大変なわけで、「小説だって詩だってなんだって書いていいけど就職はどうするの?」(笑)。周り以上に自分自身が思ってましたもんねぇ。

ライスキーは結局軍隊の水が合わず、文官の職も合わなくて、美術学校へ通い出す。でもやっぱり「黙々と写生する」とかいうのがどうしても性に合わない。

周りはライスキーの才能を認めて、ある部分は褒めてくれる。でもたとえば「手のつき方がおかしい」とか「背中がおかしい」とか難癖をつけて、まぁ言外に「せっかく才能があるんだからもっと基礎をしっかりおやんなさい」と促すわけです。

でもライスキーにしてみれば手も背中もどうでもいいし、自分の描きたい部分が描きたいように描けていれば「よくできた!素晴らしい!」で、何か月後に訪ねてみてもやっぱりただ黙々と写生をしている美術学校の生徒達には「うへぇ……」としか思えない。

いや、「うへぇ」と思うのは私で、本文中にはただ「やっぱり写生をしていた」しか書いてないんですが、それしか書かないところがゴンチャロフさんの“腕”ではあるわけです。

こういう「地に足の着かない夢想家なライスキー」には、共感どころか「それってあたしのことじゃ(汗)」的な既視感。

でもそんな回想シーンが終わり、またソーフィヤとのやり取りになると「ウザっ!」なんですよねぇ。もう30過ぎてるのに何なの、あんた。ソーフィヤ幸せだっつってんだからいいじゃないのよ。あんたに恋してもしょーがないでしょ!と思ってしまう。

でもでもでも。

2巻に入って祖母とのやりとりになるとまた不思議に共感できてしまったりもして。

困ったやつだ、ライスキー。


とりあえず『失われた時を求めて』よりはずっと読みやすいし、面白い(笑)。

『失われた~』の方は主人公の内省がほとんどだけど、『断崖』はぽんぽんと会話が弾むからね。人と人とのやり取りがあるから。

『断崖』というタイトルは、ライスキーの地所の庭の果てにある「断崖」とか、当時のロシアの時代状況みたいなものも表しているのかもしれないけど、まぁ私は別に文学研究家でもなんでもないので。

ライスキーとソーフィヤはどうなるのか? 楽しく5巻まで読んでまいりましょう。


【関連記事】

『断崖』第2巻/ゴンチャロフ
『断崖』第3巻/ゴンチャロフ
『断崖』第4巻・第5巻/ゴンチャロフ
『おそ蒔きながら』/ゴンチャロフ(『断崖』第4巻付録)
『平凡物語』/ゴンチャロフ
『オブローモフ』上巻/ゴンチャロフ
『オブローモフ』中巻/ゴンチャロフ
『オブローモフ』下巻/ゴンチャロフ