調子に乗って、別の巻も借りてきました。(※「41巻東洋編(3)」の感想はこちら

全50巻の全集の中でこの巻を選んだのは、『ニーベルンゲンの歌』をもう一度この全集バージョンで読みたかったから。

以前、岩波文庫版『ニーベルンゲンの歌』の感想でも書いたのですが、子どもの頃、マンガ『オルフェウスの窓』をきっかけにこの全集の『ニーベルンゲンの歌』を読んだんですね。細かい部分はすっかり忘れてしまったものの、「面白かった」という印象はあって。

大人になって改めて岩波文庫版を手に取り、叙事詩形式の原典訳も意外に読みやすく面白かったんだけど、「文学全集版もまた読んでみたいな」とずっと思っていたのです。

で、借りてみたらなんと!
訳者さんが相良守峯さん!!
岩波文庫版と同じ方なんですよ!!!

41巻読んだ時も「レベルが高すぎる」と思いましたが、本当に当代一流の訳者さんや研究者さんがよってたかってこの全集をお作りになったんだなぁと。いや、まぁ、予備知識なく抄訳する方が難しいでしょうからね。原著の良さを損なわず、子どもにも読みやすいようまとめるって、むしろ逐語訳より難しいかも。

岩波文庫の初版が1955年(昭和30年)、こちらの文学全集は1962年(昭和37年)7月の発行。
全集の企画はきっと発行よりだいぶ早く動いていたでしょうから、相良さんは同じ時期に「叙事詩訳」と「散文訳」に取り組んでいらしたのかもしれません。

まずは本文前に置かれた「はしがき」。

「ドイツのイリアス」ともよばれる有名な叙事詩ですが、この本ではこれを少年少女にもよみやすい物語の形に書きあらためてあります。 (P10)

ワーグナーがつくった「ニーベルンゲンのゆびわ」という楽劇(オペラ)は、これとすこしすじがちがいますが(後略) (P10)

としっかり説明が。
ワーグナーの「指環」、昔は「ニーベルンゲンの歌」と一緒なのかな?と思っていたんですよね。ググると「ニーベルンゲンの歌」と北欧神話をモチーフにワーグナーが作ったオリジナルみたいですけど。あとワーグナーの方は「ニーベルングの指環」と呼ばれることが多いようです。
ともあれちゃんとオペラにまで言及されているのがすごいな、と思うんですが、実はこの巻にはワーグナーの「ローエングリン」も収録されています。それもあって注意書きしたのかも。

本文は「ジークフリートの暗殺」「クリームヒルトのふくしゅう」という二部構成で全84頁ほど。うん、面白かったです!
もうね、冒頭から素晴らしいの。

とおい昔、よろいかぶとに身をかためた勇士たちが、やりや刀をふるってたたかいあっていたころのことだ。大砲も鉄砲もなく、とび道具といったらせいぜい弓やなげやりくらいしかなかった。人間と人間がぶつかりあって火花をちらし、血みどろになって力をきそった。そして、つよいものがかち、よわいものがまけた。 (P11)

めちゃくちゃワクワクする幕開きですよね。
もとの叙事詩にこんな前置き、たぶんないと思うんだけど(岩波文庫版を一緒に借りてくればよかった)、子ども達にこの物語を届けようとする相良さんの熱量に一気に引き込まれる。

お話は、ニーデルラントの王子ジークフリートが、ブルグント国の王女クリームヒルトを妻にしたい、と望むところから始まります。
ニーデルラントはライン川の下流、ブルグントは上流に位置する国。ニーデルラント=オランダと考えていいのでしょうか?

ともあれジークフリートはお話が始まる時にはすでに英雄、ニーベルンゲン族を打ち負かし、その財宝を手中に収めているのみならず、竜の血を全身に浴び、不死身の体にもなっています。

そんなジークフリートが、美女と名高いクリームヒルトに結婚を申し込むため、ブルグント国を訪れます。一方、クリームヒルトの兄であるブルグント王グンテルは、イスラントの女王ブルンヒルトを妻にしたいと願っていました。

このブルンヒルト、かぎりない美しさをたたえながら肉体の強靱さは男性以上。言いよる男達に「やり投げ、巨石投げ、投げた巨石を追っての幅跳び」の3種の試合を課し、すべてで自分を打ち負かさなければ夫にしない、一つでも自分に負けたらその場で命をもらう、という激烈なことをやっていました。

よせばいいのにグンテル王、「あの女王を妻にできないくらいなら、この世に生きていたくはない」などと言って、イスラントに赴くのですが……。
グンテル王、「自分じゃ勝てない」は自覚してるんですね。なのでジークフリートに「手助けしてくれたら何でもしてあげるよ」と持ちかけ、「じゃクリームヒルトをください」で交渉成立。

\これが悲劇の始まりだった/

ジークフリート、ニーベルンゲン族を倒した時に「かくれみの」を手に入れていて、透明化できるんですよ。透明人間となったジークフリートの助力で、見事グンテル王は3種の試合全部に勝利。ブルンヒルトを連れてブルグントに帰還します。

が。

そんなズルして勝ってもダメに決まってますよね?
ほんとは弱いグンテル王、初夜の晩にあっけなくブルンヒルトに組み伏せられ、帯で縛られ、壁に吊されてしまいます。

はははは。

困ったグンテル王に相談され、ジークフリートは再びかくれみのを使って寝室に忍び込み、

かれは思うぞんぶんブルンヒルトをこらしめ、かの女がおとなしくなったとき、たくみにグンテル王と入れ替わった。 (P30)

「こらしめる」って具体的に何やったんだろーなー、と思ったりもしますが、とにかくブルンヒルトは「グンテル王に負けた」と思い込まされ、その後は妃としておとなしくグンテル王に仕えることになります。

でもそんな悪だくみはいずれ露見するもの。その夜、ジークフリートはブルンヒルトの帯と指環を持ち出して、なんとクリームヒルトに与えていたのです。何があったか、事情もすべて話して。
バカだなぁ、なんでそんなこと女に言っちゃうんだよ。

ジークフリートとクリームヒルトはニーデルラントに戻り、王と王妃として10年幸せに過ごします。しかしブルンヒルトとの方は10年ずーっとモヤモヤしていて、10年ぶりにブルグントにやってきたクリームヒルトに難癖をつける。
女2人の口げんかはエスカレートし、クリームヒルトはつい「あんたの初夜はうちの旦那だったんだよ!」と秘密をばらしてしまう。

もちろんブルンヒルトは激昂、その嘆きに乗じてグンテル王の側近ハーゲンは「ジークフリートを倒してニーデルラントの国とニーベルンゲンの宝を全部ブルグントのものにしてしまいましょう」と王に進言。ブルンヒルトに対してやましいところがありすぎるグンテル王、「ダメだ」と言えないんですね。

ここでグンテル王が、たったひとこと、「やっぱり、こんなことはやめようではないか。」といえばよかったのだ。しかし、口まででかかっていたのに、王には勇気がなかった。 (P38)

クリームヒルトの復讐はハーゲンを標的に行われるんだけど、実のところ悪いのはグンテル兄ちゃんですよねぇ。そもそも兄ちゃんがブルンヒルトを騙したのがいけないわけで。
ブルンヒルトとの「試合」に臨んだ時、ジークフリートのことを「家来」と紹介していて、そのこともブルンヒルトとクリームヒルトの口論のもとになってるわけで……。

「嘘はついちゃいけない」というのがこのお話のキモだと。

不死身のジークフリート、たった一箇所、竜の血を浴びなかったところが「急所」で、クリームヒルトからまんまとその急所を聞き出したハーゲンによってジークフリートはあえなく殺される。

で、第二部「クリームヒルトのふくしゅう」となるわけですが、復讐が始まるの、なんとジークフリートが亡くなって26年も経ったあとなんですよ! しかも巻き込まれるフン族!

ジークフリート亡きあと、クリームヒルトはニーデルラントには戻らず、ブルグントにいます。そして自分が相続した「ニーベルンゲンのたから」をブルグントに取り寄せて、貧しい人々に分け与えたりします。
クリームヒルト(と亡きジークフリート)への信望が高まることを怖れたハーゲンはニーベルンゲンのたからを奪い、ライン川に投げ込んでしまいます。(※それがワーグナーの「ラインの黄金」になるんでしょうか?)

ジークフリートが亡くなって13年、クリームヒルトは請われてフン族の王エッツェルの妃に。「今でいえばハンガリーのあたり」との説明があるフン族、東ゴート族の王ディートリヒなども登場して、「おおお、民族大移動!」。世界史の授業が思い出されます。

エッツェル王との間に王子ももうけたクリームヒルト、しかしその胸の裡には依然ハーゲンへの恨みが燃えさかり、いよいよ26年後になってグンテル王たちをフンの国に招くのです。
まぁ、グンテル王たちも「さすがにもうクリームヒルトも僕たちのこと許してくれてるよね?」と思いますよね。26年もずーっと復讐心をたぎらせるって、なかなか気力のいることじゃないかなぁ。もちろん愛する人を殺された悲しみが消えてなくなることはないだろうけど……。

「ジークフリートの仇を討つのを手伝ってください」と言われたディートリヒ王、

「ましてわたしとして、なんのうらみもない人たちとたたかいたくはありません。だいいち、おきさきさま、ごじぶんと血をわけた人たちを、うとうなどとは、はずかしいことでございます。けっして名誉なことではありません」 (P80)

と断ります。
うんうん、そうだよね。ディートリヒ王、常識ある

しかしこうまで諭されても、クリームヒルトの気は変わらない。

むかしはあれほどやさしくうつくしい王女だったのに、いまはおにのような王妃になってしまったのだ。 (P80)

ほんとにね。
冒頭では「すがたかたちのうつくしさばかりでなく、気だてのやさしさにかけても人なみすぐれていた」 (P11)と紹介されているのに……。

ディートリヒ王は断ったけれども、エッツェル王の弟ブレーデルがクリームヒルトにそそのかされ、ハーゲンの弟ダンクワルトに襲いかかってついに戦争勃発。500人以上のフン族の兵士があっさり殺されてしまうも、武装を整えたフン族軍によりダンクワルト軍9千人もダンクワルトを除いてことごとく戦死。うわぁ(´Д`)

しかしこんなのはまさに序ノ口、ここから殺戮の応酬です。クリームヒルトとエッツェル王との間に生まれた幼い王子も悲惨な最期を。

ハーゲンは、すさまじい顔をして立ちあがり、刀をぬくがはやいか、たちまちおさない王子オルトリープの首をはねた。王子のあたまは、むざんにも、母クリームヒルトのひざの上にとんだ。 (P83)

クリームヒルトの子どもに生まれてしまったばかりに……。ジークフリートのことなんか知りもしないのにねぇ。

クリームヒルトとグンテル王には、他にギーゼルヘルとゲールノートという兄弟がいて、そもそもの事の発端になったグンテル王と違って、この2人はいたってまとも、ジークフリート暗殺にも加担していませんでした。なのでギーゼルヘルはクリームヒルトに対して「なんでこんなことを」と言うのですね。

(ギーゼルヘル)「姉うえ、あなたはわたしたちを、こんなひどいめにあわせるためにまねいたのですか。(中略)姉うえ、人のなさけをおわすれではありますまい。」
(クリームヒルト)「わたしとしても、すきこのんで愛する兄弟たちをころしたいとは思いません。わたしにハーゲンをひきわたしてくれれば、これいじょうたたかう必要はないのです」
(ゲールノート)「それはならぬ。おまえにひとりの男を人質にわたすくらいなら、ブルグント族がひとりのこらず死んでしまうほうがまだましだ」
(ギーゼルヘル)「どうせわれわれはたすかりっこない。堂々とたたかって、騎士らしく死のう。ひとりの男に責任をおしつけることはできないのだ。」 (P86)

いやー、どっちもどうなの、この議論。
そりゃあ確かにハーゲン一人の一存ではなくグンテル王が賛同してのジークフリート暗殺なんだから――つまり、「ブルグントという国家として」ジークフリートを殺したんだから、「ひとりの男に責任を押しつけることはできない」は正しいんだろうけど……。

てか、むしろフン族の方がさっさとクリームヒルトを突き出しちゃえば良かったんだよねぇ。こんな女をエッツェル王が後妻にしてしまったばかりに、フン族は滅亡の危機に。まぁすでに何百人とフン族兵士が殺され、王子の首も刎ねられてしまった後では、こちらも「クリームヒルトだけの問題」ではなくなっているけれども。

クリームヒルト、広間に火をかけてブルグント勢を灼き殺したりするんですよ。

まったく地獄のようなくるしみだった。のどがかわいたので、死んだ勇士の血をすすってがまんしたとさえつたえられている。 (P87)

ブルグント、自分が育った国じゃん、26年も経って、兵士に知った顔ももういないかもしれないけど、知らない人でも灼き殺すってなかなかねぇ……エグいよねぇ。

最後、ディートリヒ王のおかげでグンテル王とハーゲンを捕虜にすることができ、クリームヒルトはハーゲンに「ニーベルンゲンのたからのありかを教えてくれるなら生かして返してやろう」って言うんだけど、ハーゲンは「主君が生きているうちは言えません」って答えて、それなら、とクリームヒルトは兄を一刀両断。
その生首を手に、「ほら、もうあんたの主君は死んだよ」と再びハーゲンに迫る。

「あなたはもう、王妃ではない。女のおにだ。あくまだ」 (P96)

ですよねぇ。

クリームヒルトはハーゲンが腰にさしていたジークフリートのつるぎでハーゲンを斬り殺すんだけど、エッツェル王は「女にころされたハーゲンは可哀想」と言い、ヒルデブラント(ディートリヒ王の家臣)も「女が勇士を殺すとは見過ごせぬ」と言って、クリームヒルトを斬り殺す。

えええと、まぁ、クリームヒルトが罰を受けるのは仕方ないと思うけど、その理由が「女のくせに」というのがちょっと(^^;) さすが昭和30年代というか、そもそも13世紀のお話ですもんね。
でもそれならもっと早くクリームヒルトを突き出しておけば……。広間に火をかけたりする前に。

女の妄念のせい――いやいや、もとはといえばグンテル王がブルンヒルトを騙して娶ったせいで、最後は「そして誰もいなくなった」状態。

こうして、死ぬべきものはすべて死んだ。
あとにのこったディートリヒとエッツェルは、手をとりあってかなしんだ。ふたりの王は、たたかいでいのちをおとしたけらいたちを思って、なみだをながした。
 (P97)

ディートリヒもエッツェルも、完全に巻き込まれだもんな。ましてその家来たちは……。

岩波文庫版でも心に残ったエッツェル王の家臣リューデゲルのエピソード、こちらではずばり「リューデゲルのなやみと死」という章題で描かれてましたが、やっぱり良かったです。
ブルグントの一行を案内する役を務め、自分の城でグンテル王たちをもてなしたリューデゲル。自分の娘とギーゼルヘルの婚約をととのえるほど親しくなったのに、その後あんなことに。

「じぶんでまねいた客をおそうなどとは、ひとかどの武士にあるまじきおこないでございます。(中略)武士としてむすんだやくそくをやぶって、かたきとしてたたかうよりは、じぶんでじぶんをさしころしたほうが、はるかによかろうと思います。」 (P89)

できることなら、このしゅんかんにエッツェル王との縁をきって、フンの国からにげだしたいきもちだった。 (P89)

ああ、リューデゲル……。
しかし悲しいかな、ひとかどの武士であるがゆえに彼は主君の命令にそむくことができないのです。

娘婿と決めた男とその一族に向かい合い、苦しい胸の裡を明かすリューデゲル。

「なんといわれようと、わたしはたたかわなければなりません。わたしは、みなさまを敵にまわしてたたかいますが、じつは、じぶんがはなばなしく討ち死にして、みなさまがわたしのむすめをぶじにウォルムスへつれておかえりになることを、心からのぞんでいるのです。このことだけは、おわすれにならないように。」 (P90)

はぁぁ、それもこれも全部クリームヒルトのせい。嘘ついてブルンヒルトを手に入れたグンテル王のせい!

リューデゲルのくだりがこのお話の一番の白眉だと思います。

あとにのこった人々が、その後どうなったかは、わからない。ただひとつ、あきらかなのは、ニーベルンゲンのたからが、いまもなお、ライン川のどこかの川底に、ひっそりとしずめられているということだけだ。
そのたからはいつまでも、水の中でねむっているだろう。土の上で人間たちがにくみあって血をながしているのも知らぬげに。 (P97)

冒頭の文章も良かったですが、この結びも素敵で、「これぞ物語!」という気がします。
叙事詩形式の岩波文庫訳も悪くなかったけど、やっぱりこうして散文で「物語」になっている方が読みやすく、すっと頭に入ってきて、楽しく読み進められました。原著に忠実な「完訳」だけが「翻訳」じゃないですよねぇ。こういうふうにまとめてくださっているからこそ、手に取れる作品もある。

子ども向けの『ニーベルンゲンの歌』なんて、この本しかないでしょうし(大人向けには岩波の他にちくま文庫版があります)、書庫に埋もれたままいずれ禁帯出になるかと思うと非常にもったいないです。

もう一度読めてよかった。


相良さんが訳している他の2篇についても一緒に書くつもりでしたが、『ニーベルンゲン』だけで長くなりすぎたので、そちらはまた別記事で。


【関連記事】

講談社『少年少女世界文学全集 3巻 古代中世篇(3)』~「聖杯王パルチファル」など~

講談社『少年少女世界文学全集 3巻 古代中世篇(3)』~「剛勇グレティル物語」など~

講談社『少年少女世界文学全集 41巻 東洋編(1)』~「ラーマーヤナ」~

講談社『少年少女世界文学全集 41巻 東洋編(1)』~「王書物語」など~